第三章 実は俺が童貞(疑惑)なのは彼女たちには秘密にしておきたかった……

第20話


「神々廻さんと言ったかしら。あなた、昨日は死神になりたいだなんて言っていたけれど、本気で言っているの? 死神の仕事はあなたが考えているよりハードで危険なものよ」




 姫条が加わって二日目の放課後。理科準備室に四人揃ったところで姫条は口火を切った。席順は昨日と同じである。


「死神の仕事って幽霊退治じゃないんですか!? わたし、幽霊退治なら自信ありますよ! 銃を使うのは初めてなんですけど、わたし、ものすごく命中率がいいんです。きっとこれは才能があるんだと思います!」


 得意げな陽來に姫条は既にうんざりした様子で口を開く。


「それは霊装武器だからよ。あなたの魂に反応して銃弾が曲がっているの。本物だったらきっと一発も当たらないわ」


 とにかく、と姫条は仕切り直すと陽來に冷ややかな視線を注いだ。


「霊視はできるようだし、誰に教えられたわけでもないのに増幅器で霊装武器が起動できる。あなたに死神の素質があるのは認めるわ。でも、本当に死神になりたいかどうか、私の仕事を見て決めなさい。それまで霊装武器を起動させるのは禁止よ」

「え、なんでですか……?」


「霊装武器を出すということは、増幅器を持っていると公言しているようなものなの。その増幅器は神々廻さんが思っているよりも貴重で、それを狙う輩もいるわ。本当なら私に預けてもらいたいのだけど、」


 そこまで言った姫条は、右手首を押さえて身体を固くする陽來を見て、息をついた。


「それを使わないことが、神々廻さん自身を守ることに繋がるわ。正式な死神になれば、嫌でも使うことになるからそれまでとっておきなさい。いいわね?」

「はい!」



 意気込んで頷いた陽來を横目に俺はカップを寄せた。

 どうやら話は長くなりそうだし、お茶を淹れるのはこれまでと変わらず俺の役目と見た。


「まずレクチャーをしておくわ。一般的に幽霊と呼ばれているものは大きく二種類に分けられる。

 一つは残滓霊。彼らは自分の死を受け入れられずに現世を漂い続ける魂の残り滓のようなものよ。彼らには意識がなく、人間に憑くこともできない無害な存在で、ある一定の期間を経ると自然に成仏する。

 あなたが今まで撃ってきたのは、このタイプよ」



「え、あれって銃で撃たなくても成仏するんですか?」

「そうよ。むやみに霊装武器を起動させていたみたいだけど、あなたのやってきたことはただのお節介。時間が解決する問題にあえて介入して自己満足していただけ」


 容赦のない台詞を聞きながら紅茶の箱を開ける。紅茶の好みを訊ける空気ではない。俺は少し迷った後に、アッサムとプリンスオブウェールズを取った。名前的に高そうなのを取っておけば、文句は言われないと思われる。



「もう一つは自縛霊と言って、こっちが私たちのターゲットよ。

 彼らは現世に何らかの強い未練を残していて成仏するのを拒絶している。そういう魂は霊装武器で攻撃しても効かない。


 そもそも霊装武器は相手の魂に死というものを認識させるだけで、実際に消す力は持たないの。霊体同士は接触できないって知っているかしら。


 武器自体が魂でできている霊装武器は、幽霊の身体をすり抜けているだけで物理攻撃をしているのではないのよ。死んだ自覚がない残滓霊ならそれをきっかけに成仏できるのだけど、死という自然の摂理に逆らう程の強い意志をもった自縛霊に対して、そんなまやかしは効かない」



 姫条は言葉を区切ると、チンプンカンプンな表情をしている陽來を見遣った。




「端的に言うわね。私たち死神の仕事は霊装武器で残滓霊を消すことじゃない。本当の仕事は――」


 姫条は首を回し、とっくに席から浮いて落ち着きなく棚の中身を漁っているマユリに目を留めた。




「ああいう霊装武器が通用しない、この世に未練を残して彷徨っている自縛霊の未練を取り除くことよ」




 沸いたビーカーを取り、俺は二つのカップにお湯を注いだ。紅茶の香りが理科準備室に充満する。




「えーっと、それはつまり……」


 こめかみを両手で押さえていた陽來は、しばらく難しい顔をした後にぱっと顔を上げた。



「わたしの銃が効かなかったのは、あの子がヒロインだからじゃなかったんですね!」

「……何の話?」

「よかったです。脇役はやっぱり寂しいですから」

「……」



 姫条の顔が引きつったように見えた。

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