第18話
そのとき、ノックがした。
「はい」
あーついにやっちまったな。理科準備室は生徒が立ち入っちゃいけない。それなのに生身の生徒を二人も連れ込んでいるんだから、これは完全にアウトだ。さて、俺はポルターガイスト現象でも起こして敵を攪乱してみるかと半ば投げやりな気分で理科準備室のドアを開けた。
目の前に白衣の美女が立っていた。
「…………なんだ、先生っすか」
「なんだとはなんだ。人が忠告をしに来てやったというのに」
「それは失礼しました。で、忠告って?」
雲林院先生は俺の後ろをちらりと覗き込み、陽來と死神の姿を確認してから俺へ言った。
「下校時間過ぎてるのに話し声が廊下にまで響いてんだよ、バカタレが」
というわけで、今日のところはお開きとなった。
気が付けばサッカー部の声も聞こえてこない。みんな下校してしまったようだ。
片付けは俺がやっておくから、と言う前に颯爽と立ち上がった死神は、理科準備室の出口へ向かう。
「二人共、明日の放課後もここに来なさい。話はまだ終わっていないわ。あと、あの女子の幽霊も呼んでおくこと。いいわね?」
後半は俺に向かって言われた気がした。
ていうか、ここに集まっていたのは元々俺たちの方なんだがな。
そんなツッコミを返せるはずもなく、俺は出て行く死神を黙って見送り、
「待ってください!」
陽來が引き止めた。振り返った死神に駆け寄ると、陽來は無邪気な笑顔を向けた。
「あの、死神さんはここの生徒なんですよね!? クラスと名前は……?」
死神はレッドオニオンでも見たような表情になり、口を開いた。
「――二年一組、姫条一希」
同じクラス(設定)かよ!
「なんだー、姫条先輩って、先輩と同じクラスじゃないですか。もう、先輩、それ早く言ってくださいよー。怖そうな人だったけど、先輩とクラスメートなら安心ですね」
理科準備室を出て廊下を歩きながら、ほっと胸を撫で下ろした様子で陽來は言った。
何が安心なのか教えて欲しい。
「先輩と姫条先輩って仲いいんですか? 話したりします?」
さっきのが仲のいいクラスメートに対する態度に見えたのだとしたら、こいつの頭は相当平和なんだろう。
「いや、全然」
「え、でも、話したことくらいありますよね……?」
「おまえはクラスメート全員と話したことがあるか?」
「そ、それは……」
たじたじとなり、やがてシュンと俯く陽來。夕方のアサガオみたいになった陽來を見て、今の質問はちょっと意地悪だったかな、と反省する。
「そもそも俺は授業サボりまくってるから、あんま教室行かねえし」
「あ、そっか、先輩、ワルですもんね」
もうそういうことにしておいてくれ。
下駄箱へ辿り着き、陽來は一年の場所へ行く。俺は二年の場所をテキトーに歩いた後、陽來の方へ向かった。
「悪い、陽來。俺、忘れ物したから……」
教室に戻るわ。
そう嘘を言いかけた俺は、陽來が下駄箱の前で静かに佇んでいるのを見て言葉を飲み込んだ。
下駄箱の蓋を開けたまま、陽來は何かを読んでいる。その手にあるのは白い便箋。
と、陽來が俺に気付いたのか首を回す。
「ぁ、あ、あ、先輩、わたし、先帰ってればいいですか?」
「お、おう。じゃあな」
慌てたように陽來は手紙をカバンに押し込むと、靴を出して上履きを脱ぎ始める。
下駄箱に手紙、とくればラブレターだろうか。
そんなことを考えながら俺は踵を返した。
まあ、ありえなくはない。変人でKYでいろいろと暴走気味なところを除けば、陽來は普通に可愛い女の子だ。ラブレターの一枚や二枚、もらってもおかしくはない。
モヤモヤとした気分を抱えて歩いていると、
「……先輩!」
背中に声がかかった。
振り向く。昇降口から射し込む西日のオレンジが眩しい。
下駄箱の間から陽來は強烈な陽射しを背にして立ち、確かに微笑んだように見えた。
「また、明日ですね!」
目を細めてしまったのは、夕陽のせいか、陽來の屈託ない笑顔のせいか――。
片手を上げて応え、俺は再び校舎へ引き返す。
幽霊の俺に明日がある。
笑える話だ。だけど、悪い気はしてこなかった。
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