第17話



 人間の魂は通常、肉体を失うと自然に『あの世』と呼ばれる場所に還る。しかし、中には死んだことを受け入れられなかったり、強い未練を残していたりする魂が現世に残ってしまうことがある。


 それが所謂、俺たち幽霊という存在らしい。


 自称死神の話はこうだった。


 幽霊は地上に残しておくと人間に憑く危険な存在になってしまう。太古より人々はそういう魂に対して供養をして還ってもらっていた。それでも還らない場合は巫女といった霊媒師たちの出番だった。

 彼女の所属する〈桜花神和〉はそうした霊媒師集団の一つで、そこに所属する霊媒師たちは死神と称されるのだという。





 理科準備室で組織の概要を聞いた俺たちは黙り込んでしまった。

 ちなみに俺たちとは、さっきまで校庭にいた四人全員である。理科準備室にある机がちょうど四人掛けなのは幸いだった。俺、その横に陽來、陽來の前に死神、その隣にマユリという席順で座っている。


「私は二週間程前、〈桜花神和〉の本部から連絡を受けた。この近辺で任務にあたっていた死神が増幅器(アンプ)を所持したまま消息を絶ったと」

「アンプですか? 軽音楽部の部室にあるかもしれませんよ」

「そのアンプじゃないわ」


 陽來の言葉を切って捨て、死神は右腕の袖を捲った。その手首に巻きつくのは真っ黒いミサンガ。


「これが死神の証ともいえる霊力増幅器よ。これのおかげで私たちは自分の霊力を増幅し、自分の魂を基盤に霊装武器(ソウルウェポン)を発動させることができる」


 さっと死神の腕が正面へ伸びた。陽來が動く暇はない。死神は机越しに陽來の手を掴んでいた。



「……これは、どうしたの?」


 陽來の袖から覗いた漆黒のそれに、俺は息を呑んでいた。

 氷のような視線が陽來を射抜く。死神の詰問に陽來は顔を強張らせた。



「これは……拾ったんです」

「拾った? そんな嘘、つくもんじゃないわ」

「嘘じゃないです! ほんとにこれは拾ったんです! 体育の授業のとき、校庭の倉庫にあるのを見つけて……!」


 校庭の倉庫。奇しくも俺が最初に倒れていた場所と同じだ。

 思ったが、それを口に出すことはしない。死神は陽來を追い詰めるように追及を重ねる。


「いい? 増幅器は私たち死神の仕事道具であり、組織が一人前の死神と認められた者にしか与えられないものなの。そして、これは死神自身の魂と密接にリンクしている。増幅器を破損された死神はよくて意識不明、下手したら死亡することだってあるんだから。死神でもないあなたがこれを持っているということは、あなたは死神を一人屠り、これを奪った……」


「違います! わたし、そんなことしてないです!」


 叫んで立ち上がった陽來は袖を捲り、ミサンガを露わにした。


「……!」


 陽來の手首にあるそれは、確かに死神が持っているものと同じ材質のようだったが、明らかに違っていた。


 編み込みが妙に歪だ。死神のものは一糸の緩みもなく均一に編まれているのだが、陽來のはところどころ糸が飛び出しボロボロと言っても過言ではない。

 それだけではなく、陽來のミサンガの両端は小さく蝶々結びされていて、端を引っ張ったらすぐに解けそうだった。結び目が全く見えず、切らない限り取れそうにない死神のとはえらい違いだ。


「これは壊れていたのをわたしが拾って編んだんです! いくらわたしがプロ並みに器用だからって、勘違いされたら困る……!」

「ごめんなさい。その編み方であなたへの疑いは綺麗さっぱり晴れたわ」


 棒読みで台詞をかぶせた死神は陽來の手を離して席へ着いた。人形のような端正な横顔を見せてそっぽを向く。

 一人だけ立ち上がったままの陽來がキョトンとしていると、空中からふわりとマユリがやってきて、陽來の手元を指さした。


「ぷくく、これ、不器用すぎでしょ」

「マユリ」


 俺がたしなめるように言うと、マユリは陽來にベーと舌を出し窓の外へ飛んでいってしまった。返す言葉もなく陽來がしょんぼりと座る。


「……その増幅器、それだけボロボロだったら普通は使えないと思うでしょうね。そう思ったから捨て置かれたんでしょうけど」


 マユリの背中を目で追い、死神がぽつりと零す。それに陽來はいつもの調子を取り戻したように、にこやかに返す。


「そんなすぐに捨てちゃうなんてもったいないですよー。ものは大切に使わないと」

「そうね。使えるのなら、やはり放っておくわけにはいかないわ」


 死神は陽來に顔を戻すと、毅然と言った。


「その増幅器を渡しなさい。それはあなたのような素人が持つものじゃない。大変なことになる前に私が預かるわ」


「嫌です」



 陽來の即答に死神は眉をひそめた。


「言ったでしょ? それは扱いを間違えると危険なものなのよ。訓練を受けた死神だけが持つことを許されているの」

「だったら、わたしを死神にしてください!」


 その申し出は死神にとって予想外だったようだ。ぽかんとしている。

 陽來は身を乗り出すと、真剣な表情で続けた。




「わたし、小さい頃から組織に入って幽霊退治をするのに憧れてたんです! お願いします! 雑用でも何でもしますから、わたしを死神にしてください!」

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