第12話
「……何だ?」
「わ、わたしのこと、ひ、陽來って呼んでもらえませんか? わたし、今まで友達に名前で呼ばれたことなくて、名前で呼ばれるのが憧れだったんです!」
呼ぶだけならお安い御用だ。
「じゃあ、陽來。おまえ、友達が欲しいんじゃないのか?」
頬をぱああっと薔薇色に染めていた陽來が、途中で「へ?」と固まった。
「友達が欲しいなら、いいこと教えてやる。まず、今後、銃を使わないことだ」
もう手遅れかもしれないが。
それでも、霊感のない奴には奇行にしか見えないあれを止めるだけで、周囲は大分とっつきやすくなるはずだ。
けれど、提案するなり陽來は俯いてしまった。横髪が垂れ、その顔に影を落とす。
「……できない、です」
絞り出した声は頑なだった。
「どんなに辛いことがあっても、わたしは幽霊退治をしないといけないんです。そのために、この銃が持てるようになったと思っています。それなのに、その役割を放棄するなんてこと、できません」
「あのなあ、誰もおまえにそんなこと……」
「それに、友達ならもういます」
陽來は俺を見つめ、はにかんだように笑った。
「先輩は友達ですよね?」
咲き乱れるどんな花々も敵わない可憐でいじらしい笑顔に、俺はツッコむのも忘れて陽來に見入ってしまった。陽來の頬が仄かに紅く染まっている。
距離が近い。一歩踏み出せば確実にぶつかる。いや、ぶつかりはしない。重なるだけだ。
この距離感は危険だとわかっていながらも俺は動けなかった。心拍数が早いのは気のせいだろうか。そもそも幽霊に心拍なんてあるのか。
陽來の笑顔を見下ろしたまま、俺は呆然と立ち尽くし、
「――逢引きというのは人の通らないところでするものよ、若者たち」
「っ……!?」
びくりとして横を見ると、階段から白衣の美女が下りて来ていた。その顔にはニヤニヤとした下世話な笑みが溢れている。
「雲林院先生!」
陽來が嬉しそうに言って駆け寄る。子犬が飼い主を見つけたみたいな反応だ。陽來が離れたことで、俺はほっとすると同時に名残惜しい気持ちにもなっていた。
「陽來っちは相変わらず元気だねえ。最近はサボらないで授業受けているの?」
「もう、先生! わたしはサボったことなんかありませんよ! 幽霊が通ったときにちょっと抜け出してるだけで」
「それを世間ではサボると言うのよ」
まるで仲の良い姉妹みたいだ。陽來は入学したてだが、雲林院先生とは打ち解けているようだった。霊感のある者同士、気が合うのだろう。
そんなことを考えながら二人のやり取りを見ていると、雲林院先生が俺を見た。
「なんだ。紹介するまでもなく知り合いだったのか。キミはてっきり女子とは無縁だと勘違いしていたよ」
この女(アマ)、ナメやがって……。
俺の睨みを美女は涼しい顔で受け流す。その横で陽來は無邪気に微笑んだ。
「先輩とは先週、友達になったんです。いつも放課後、一緒にお茶してるんですよ。ね、先輩?」
「ほう、お茶……?」
雲林院先生が怪訝な表情を浮かべたことに気付かず、陽來は続ける。
「だから、先生も心配しないでください。幽霊としか友達になれないんじゃないかって言ってましたけど、そんなことないです。ほら、こうして先輩みたいに人間でもわたしと仲良くしてくれる人はいるんですよ!」
白々しいまでの沈黙が一瞬、場を支配した。
さすがのKY王者の陽來も異変を察知する。「あれ?」と首を傾げ、キョトンとする雲林院先生と視線を逸らした俺を見比べた。冷や汗が全身から噴き出すような錯覚に陥る。
バレるか? バレる前に逃げるか?
だが、身構えた俺の耳に飛び込んできたのは、押し殺した笑い声だった。
「………………っく、ぷはっ、はっはっは……これは参ったね。そういうことか、ああ、やっと納得がいったよ」
「先生、わたしに友達がいることがそんなに可笑しいですか? ひどいです!」
「いや、くっくっ、これは失礼」
笑いを収めようとしているが、口元はニヤけてしまって仕方がないらしい。雲林院先生は口を手で覆い、一つ咳払いをしてようやくいつもの表情を取り戻した。
睨みつけている俺へ意味ありげな視線を送る。
「なら、今度、そのお茶会にお邪魔させてもらおうかな」
「是非、来てください!」
「絶対、来んじゃねえ!」
陽來と俺の声が重なった。雲林院先生はぴったりハモった俺たちの答えに笑みを深くすると、「授業に遅れないようにね」と言葉を残し、階段を下りて行ってしまう。
遠ざかっていく白衣の後ろ姿を見送り、俺は胸を撫で下ろした。同時に、また罪が重くなった気がする。
こうなったら何がなんでも隠し通すしかないようだ。
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