第二章 実は彼女が無敵なのはヒロインだからである!?

第11話

 実を言うと、俺に生前の記憶はない。



 名前もクラスも猫舌なのも潔癖症なのも理科準備室の合い鍵を持っているのも全部陽來を欺くための嘘である。


 俺は春休みに校庭の倉庫で倒れていた。とりあえず誰かに話しかけようとして、誰も俺が視えていないことに気が付いた。そこで初めて俺は自分が幽霊になったと自覚したのだった。



 記憶を求めて何度か学校の外にも出てみたのだが、どうやら深夜十二時になると幽霊は自動的に死んだ場所へ連れ戻されてしまうらしい。

 面倒になった俺は高校から出るのも止めた。制服を着ていることから、きっと俺はこの高校の生徒だったのだろう。校内にいれば何かをきっかけに記憶が戻る可能性もある。


 幸いというべきか、校舎をウロついていたらマユリや雲林院先生と出会い、図書室やPC室を使ってそれなりに学校生活らしいことをしている。


 そして、最近、俺の平穏を崩す第二のトラブルメーカーになったのは――





「せんぱーい! 今日も理科準備室ですかー!?」


 昼休みの廊下。振り返ると、数メートル先から俺に向かって大きく手を振りながら駆けてくる女子生徒の姿があった。


 あのバカ。


 陽來は怪訝な視線を向ける他の生徒の間を潜り抜け俺へ突進してくると、勢い余って止まり切れない様子で――


「おっとっと……」


 肩を掴まれそうになり、俺はひょいと一歩横に避けた。


 危ないから勘弁して欲しい。自分の速度と距離くらい読め。


 横では陽來がバランスを崩しながらもなんとか踏み止まる。それから俺に若干、咎めるような眼差しを向け、


「先輩、なんで避けるんですかー? ……って、潔癖症なんでしたっけ」


 自己完結した。

 それに俺はため息混じりに応える。


「バカデカい声で俺を呼ぶな。……ちょっとこっち来い」


 上目遣いで見上げてくる陽來に憮然と返し、俺は周囲の視線を気にしながら人気のない方へと歩き出す。



 はたから見たら、おかしな光景である。陽來の言う「先輩」の姿は他の人には見えていないのだから。


 陽來に向けられる憐れみすら混じった視線が感じられなくなったところで俺は足を止めた。場所は普段あまり使われない裏階段の踊り場。素直についてきた陽來を振り返る。


「何ですか、先輩? こんな寂しいところまで来て」

「人前で俺に話しかけるな」

「え、なんでですか?」

「体裁ってもんがあるんだよ。わかるか? おまえがやたらその銃を使いまくるせいで、おまえは校内でも有数の有名人だ。そんなおまえが俺に話しかけているところを他人に見られてみろ。俺まで……」

「なるほど! 品行方正なわたしといることで、先輩のワルのイメージが崩れてしまうわけですね!」

「誰が品行方正だよ!」


 体裁、というのは嘘だ。幽霊の俺に気にする体裁なんざない。


 俺は陽來が幽霊を見かける度に銃を乱発しているのを止めたかっただけなのだ。 陽來が幽霊は成仏が一番、という信念を持っている以上、明日は我が身ということもある。


 だが、遠回しに言ったところでこいつには効かないらしい。俺は軽く痛む頭を振り、口を開いた。


「神々廻、おまえさあ……」

「せっ、先輩!」


 話を遮られた。陽來を見ると、子犬がライオンに立ち向かうみたいな表情をしている。

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