第13話


「なにあの子、ハルが幽霊だってまだ気付いてないの? どんだけ天然記念物なわけぇ?」



 理科準備室に入ると、中空に浮いたマユリが俺を見下ろしていた。その姿は透けて空気に溶け込んでいるように見える。


「透けて視えないんだから、間違えてもおかしくないだろ。俺はおまえと違って真っ当な人間の動きをしているわけだし」


 浮いたり、飛んだり、壁をすり抜けたり。できないわけではないが、どうも人間の規格外の動きをすることに俺はまだ抵抗がある。


 理科準備室のいつものイスにどかっと座った俺は、自分とは対照的に幽霊状態を満喫しているマユリを見上げた。


「それに付き合うハルもハルだよねー。本当のこと言えばいいのに。『実はずっと隠していたことがあるんだ。俺は人間じゃなくて、幽霊なんだ。だからキミとは付き合えない』って」


 昼ドラかよ。


 俺は息をつくと、いつも通りアルコールランプと三脚、ビーカーなどを棚から出し始める。今日も陽來が来ることを考えると砂糖も出しておくべきだろう。



「ねえ、なんで言わないの? そんなにあの子と人間ごっこがしたいわけ?」


 不機嫌な声。振り返ると、マユリが俺を睨みつけている。


「バレたら殺されるぞ。幽霊退治が生きがいみたいだからな」

「だったら、会わなきゃいいじゃない。会ってたらいつかバレちゃうよ。人間のフリして会うより、あの子に会わないように気を付けた方が安全じゃない?」


 マユリが三つ編みをなびかせて空中で渦を描くと俺に顔を寄せた。透けた片目が俺を静かに映す。


「……確かにな。でも、今更、言えるかよ」


 マユリの視線を振り切って砂糖の袋を取ると、俺はそれを机にドサっと置いた。


「あれだけ人間の友達ができたことを喜んでるんだ。俺が幽霊だって知ったら……」



 あいつはどうするだろうか?



 俺が撃たれることは間違いないだろう。でも、あいつはどう思うんだろうか? 


 初めてできたと思っていた友達がやっぱり幽霊で、その事実は彼女に何をもたらすのか。落胆か、諦観か、それとも絶望か。

 そんなにヤワではないと思いたいが、あの喜びようを見ていたら真実を告げるのは酷なように思われた。


「ふぅーん、まあ、いいや。ハルらしいし。だけど、正体がバレて殺されないようにね。『信じてたのに、わたしを裏切ったわね。殺してやる……!』って」


 火サスかよ。


「そうならないように努力はするさ」

「飲み物もそろそろ危ないんじゃない? いつも淹れるだけで飲まないでしょ」


 指摘を受けて、俺はビーカーを見下ろした。

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