葛藤
「胸とかまだ痛む?」
「うん、呼吸する時にちょっと。だいぶよくはなってるけど」
今日も進くんはお見舞いに来てくれてる。学校もあるのに「月子の方が大事だから」って……そんな優しいところが好きなんだけど。……そういえば最近、好きなんだって意識しても恥ずかしいって思うことが少なくなってきた。いい意味で進くんがそばにいる日常が当たり前になってきたのかもしれない。
「そういえばこの前のうちに住むって話、早速したんだけどさ」
「う、うん……」
「全然問題ないってよ。……ただ誠がからかってくるからそれだけがウザいかもしれないけど」
「本当に!?」
進くんと同じ家に住めるなんて、恥ずかしい、でも嬉しい。動ける身体だったら飛び跳ねちゃうかもしれない。
これでもし進くんの家に住み始めたら……それはもう家族って言ってもいいよね。か、家族……そう考えたらまた恥ずかしくなってきちゃった……。もし二人だけで住むとなったら、お、お風呂とかも一緒に入ったり、とか……はぅぅ、恥ずかしいよぉ……。裸を見てがっかりさせちゃったらどうしよう……私なんて胸もないし背も小さいし……あ、くまさんの下着は笑われちゃうかも……わ、私もちゃんとした下着を買って……。
「月子?」
「ひゃいっ!?」
――いけない、私ったら考えすぎだよぉ。そもそも二人で住むのなんかまだ先の話なんだから……。気が早すぎるよ! 私。
「早くよくなって、学校にも行けるといいね」
「うん。私も早く退院できるように頑張るよ!」
「頑張るって何をだよ」
進くんがそうやって笑うから私もつられて笑った。死んじゃおうとしている時にはどうなることかと思ったけど、私の想いが届いたみたい。こうやって笑えるひびが続くといいな。
「そういえば完全に慣れて忘れてたけど、月子、普通に喋れてるよな」
「あ、うん……屋上で叫んだ時から、前より声が出るようになって。緊張したりするとまだちっちゃくなっちゃうけど……」
「そうなのか。月子に耳元でささやかれるの、好きだったから少し寂しいなぁ」
「えっ、そうだったの!?」
ずっと迷惑かけてて申し訳ないと思ってたのに……。私も私で何かを伝えるたびに進くんが顔を寄せてくれるから毎回ドキドキしていたんだけど……。
「じゃ、じゃあこれからも時々しようね、こしょこしょ話」
「お、おう……」
珍しく進くんの方が照れてる。改めて言われると急に恥ずかしくなっちゃうよね、すごいよくわかる。……たまに不意打ちでやってドキドキさせちゃおうかな? なんてね。
「……話は変わるけどさ、あいつら、今どうなってんだろ」
「あいつら?」
「ほら、自殺部のだよ。俺たちはまあ、こういうことになったわけだけど、福原と永沼はまだ死ぬつもりなんだろうし、綿貫も石井に殺される可能性が消えたわけじゃない」
「そう、だね……」
つい先日まで死のうとしていた私が言うのも変かもしれないけど、未だに麻紀ちゃんたちが死にたがっているのが信じられない。麻紀ちゃんは私にもすごい気を使ってくれるし、この間は藤井から私を守ってくれたし、何より今までの人生でこんなに話せる友達なんて自殺部のみんなくらいだから。私の身勝手かもしれないけど、やっぱり死んでほしくないよ……。
「まあ他人がどうこう言うことじゃないんだろうけどな。それでもやっぱり生きててほしいってのは俺の独りよがりなエゴなのかね」
進くんも同じようなこと考えていたみたい。確かに「生きていなくちゃ駄目」だなんて無責任なことは言えないけど、生きててほしいって言うくらいは許してほしいな……。
「……ん? なんかメッセージきた。……これは――」
進くんが驚いた顔をして画面を見せてくる。それは明日香ちゃんからのメッセージで、その内容に思わず声にならない声が出た。
※ ※ ※
遊園地からの帰り道、福原とはほとんど話さなかった。最後に雰囲気をぶち壊して現実に引き戻した上に洒落にならないほど相手が泣き喚いたのだから、機嫌も悪くなるだろう。
僕自身、あんな状態になるとは思ってもみなかった。人の前で泣くなんて、母の前でさえしたことは物心ついてからはない。ましてや大勢の前で泣くなんてことは恥なんてものじゃない。僕が喋ろうとも思わないのはそれについての羞恥が強いが故でもあった。
それほど僕の精神が追い詰められていたということだろうか。福原が死ぬというその事実に。僕がこれまでそれほどまでに追い詰められた経験がなかっただけなのか、福原が死ぬのがそれだけ悲しいということなのかはサンプルが少なすぎて判断はできない。だが、福原を出会い、愛してからは明らかに僕の行動や思考などの反応が今までのものとは異なっていた。そこから察するに、恐らく後者だったということだろう。それほどまでに僕の中で福原はかけがえのないものになっていて、なくなったら僕が僕でなくなってしまうということであろう。
出会ってからまだ何年も経っているわけでもないのにこうも人を変えてしまうものなのか。なるほど、「恋に落ちる」とい言葉は言い得て妙なのかもしれない。
そんなことばかり考えていて、結局何もしゃべらないまま二人が分かれる交差点の付近まで来てしまった。かといって今さら僕から話しかけるのもおかしいというものだろう。話しかけるべきかどうかを考えあぐねていると、唐突に福原が口を開いた。
「ほんと、ごめんね……あたしがナガヌマと最期を過ごしたい、なんて言わなければナガヌマをこんな気持ちにさせなかったかもしれないのに」
そう言う福原は笑っていたが、目は全く楽しげなそれではなかった。
「いや、今日出掛けなかったとしてもこういう心情にはなっていたのだと思う。……まあ、確証はないが」
「心に確証なんてないよ。あたしだって、今またちょっと迷ってるもん」
福原は照れ隠しでもするように舌を出した。迷っている……ということは、まだ死にたくないという思いがどこかにあるのか。
「迷っているなら、僕は絶対に死んでほしくはない」
「ナガヌマの気持ちは分かったって……。あれだけ泣かれちゃあね、あたしが生きて頭よしよししたげなきゃなーって思うもん」
「……馬鹿にしているのか」
「してないよ。実際やられたら喜ぶでしょ」
否定をしようとしたが、しかし昨日のことを考えると完全に否定することはできず、とうとう言い返すことはできなかった。それを見て得意げな顔をされるのはとても癪だ。
「図星でしょー。ナガヌマはそういうところあるからかわいいんだよねー」
そう言いながら撫でようとしてくるので黙ってそれを避ける。少なくとも人前でやられることに関しては心の底から嫌だ。
「……それなのに、なぜまだ悩んでるんだ」
「そりゃあ悩むよ」
今まで偽りの笑顔で固めていた顔が、急に強張った。これが今の、本当のこいつの気持ちか。
「確かにナガヌマとは一緒にいたいよ。一緒にいると幸せだよ。でもねぇ、嫌なもんは嫌なんだよ。生きてる限りアイツとは……家族とは離れらんねぇんだよ。死んでもナガヌマに会えなくなる。生きてたらアイツと暮らし続けなきゃいけない。どっちも嫌なんだよ! 分かるか! 私の気持ちが!!」
そう吐露した福原に、僕は掛ける声が見つからなかった。いや、掛ける声なんてないんだろう。福原の抱えている問題に正解はない。僕の気持ちはもう伝えた。それ以上にできることなんて、僕には何もないんだ。ただ、俯いて奥歯を噛む福原の姿を届かない距離から見ていることしかできなかった。
――その時だった、その声が聞こえてきたのは。
「あの声は……」
「麻紀ちゃーん!? 麻紀ちゃ――麻紀ちゃん!!!」
目の前の路地から飛び出してきた若い女性が福原の名前を呼んで駆け寄ってきた。
「麻紀ちゃん!! 何も言わずに一日どこに行ってたの!!」
「ごめんミホ……ちょっとカレシんちに泊まってて……」
「もうっ! だったら連絡くらいしてよ! どれだけ心配したと思ってるの!」
そう言ってかなりの勢いで福原を抱きしめる。福原は「ミホ」と呼んでいたが、福原の親にしては若いし、保護者といったところだろうか。福原が言った「アイツ」とはこの女のことなのか?
「ミホ」は目の下に大きなクマを作っており、服や額も汚れが目立った。もしかしたら一晩中福原を探していたのかもしれない。
「すみません。僕が気が利かないばかりに」
「ううん、いいの。ごめんね、ちょっと大袈裟だよね……でも、見つかってよかった……」
「ちょ、ミホ、泣いてるじゃん! もうこんなことで泣かないでよ~! ちゃんと私はここにいるから、一緒に帰ろ? ね?」
福原は笑ってそんなことを言っている。――その瞳はさっきと比べて心なしか嬉しそうにしているようだ。もしこの女が「アイツ」だとしたらこの場で直接話をしてやろうと思っていたが、その必要はなさそうだ。
「それでは、僕はこれで」
「じゃあねナガヌマ」
福原は手を振りながら「ミホ」と一緒に道を歩いていく。その後ろ姿を見送ってから僕も帰路についた。福原の悩みが少しでもマシになることを願いつつ――。
その時、スマホが鳴った。綿貫からのメッセージだった。
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