覚悟
「今日のお昼、何がいい? あ、ハンバーグにしようか。明日香、ハンバーグ好きだって前に言ってたわよね」
佐藤は私を励まそうとしているのか、ものすごく気を使った笑顔でそう聞いてくる。仕事がなくなってマネージャーの仕事もなくなった後も、佐藤は定期的にうちにお土産を渡しにきたり昼食を作りにきていた。思えば、私の自殺未遂の一番の被害者は佐藤かもしれない。
「その話は嘘。番組盛り上げるために言っただけ」
前までは佐藤の前でもアイドル顔を維持していたけど、自殺未遂なんてしてしまえばそれが本当の姿でないことは誰の目にも明らかだ。今さらぶりっ子してもどうしようもない。
「明日香……あなた一体どうしちゃったのよ……前までの明るい明日香はどうしちゃったの」
佐藤は眉をハの字にしてそんなことを言う。まあ確かにその姿しか目にしていなければ私の人格が急に変わったように見えるのかもしれない。
「私は元々こうよ。余所行きに性格を偽ってただけ。もう疲れたからそれをやめたの」
これは私の本心だ。偽れば偽るほど本当の私と乖離していって、自分に対する扱いも、視線も、全てが私ではなく虚像に向かっていく。本当の私は意思を表明することすらできず、永遠に我慢、我慢、我慢……。もう、偽るのをやめるか死ぬか、どちらかしかない。
佐藤はそれを聞くと、手にしていた包丁を置いてため息を吐いた。
「……明日香、言わせてもらうけどね」
「何?」
「そんなこと、私はとっくに分かっているの」
分かって……いる? 私は一瞬思考が追い付かなかった。だってキャラ作りは徹底してきてたはず、それなのになんで。
「そんな驚いた顔されても、そんなの当然でしょう。芸能人だって芸人だって普段からテレビと同じテンションで過ごしている人はほとんどいないわ。あなたみたいなハイテンションのキャラクターが現実にいるわけないじゃない。だから私の前でも演技し続けているのには少し驚いたけど。あなたがそのつもりならと思って今まで合わせておいたのよ。そしたらあの騒ぎ……」
つまり、私の演技は無駄だったということか。なぜこういう大事なことはあとから分かるんだろうか。……どれもこれも私が自分を外に出さなかったせいなんだけど。それは分かってる。
「申し訳ないけど、私はあなたが病んでいようが死にそうだろうがどうでもいいの。ただテレビで『アイドル・明日香』でいてくれさえすればいいのよ」
それはそれは冷たい言い方だった。佐藤とはビジネスライクの関係だとは思っていたけどこんなに冷たい目で見られていたのは初めて知った。まあ、それが当たり前なのだろうが。
「とにかく、ほとぼりが冷めたらテレビの仕事に復帰しなさい。最低限でもいい。少しは金を事務所に落としなさい」
「そのことなんだけど」
佐藤の変わりようには少し驚いたけど、要件はちゃんと伝えなければいけない。立ち上がって、改めて佐藤の方を向いた。
「私、アイドル辞めます」
「なっ……」
予想通り佐藤は目を丸くする。私にはこれしか、アイドルしかないと高をくくっていたのだろう。
「あ、あなたは自殺未遂をしたとはいえうちの稼ぎ頭なのよ! それがこんな形で辞めたりしたら……」
「そりゃあそうだけど、そんなの私には関係ないし。もう私、『アイドル・明日香』自体が嫌なんだよね。迷惑かけてごめん」
佐藤はもう言葉を失っていた。会社の収入の半分近くが吹っ飛ぶわけだから無理もない。その点は非常に申し訳ないと思ってる。
「だから佐藤さん――今まで、お世話になりました」
最低限の礼儀だと思って深く頭を下げる。そのせいで佐藤の顔は見えないけど、怒り狂っているであろうことは容易に想像がついた。
「――ああそう! そうですか! やっぱり復帰したいだなんて言いだしても聞きませんからね!! さ! よ! な! ら!」
そう言い残し、大きい足音を響かせながらリビングを出て行った。これでいいんだ。けじめはこれでついた。あとは――最後の仕上げだ。
※ ※ ※
「あと一週間は絶対に安静にしててくださいね! 分かりましたか!?」
「は、はい……」
二人で屋上から戻ってきた後、津田さんの固定具が外れてしまっていたので看護師さんに死ぬほど怒られた。100%俺のせいなので手を合わせて謝るジェスチャーをすると、津田さんは首を横に振る。
「進くんが無事だっただけよかった。進くんが隣にいてくれたらどんな嫌なことでも乗り越えられる気がする」
「そんな大げさな」
さっきまで本気で死のうとしていたにも関わらず、こうして二人で笑いあっているのはなんだか不思議な感覚だった。自分ながらにコロコロ感情が変わりすぎだろうと思う。でも一つだけ思うのは、あの時死んでいたらば津田さんの本気の声は、心の声は聞けなかった。あれが聞けただけで、俺は生きていて良かったと思えたし、これからも生きようと思うことができたんだ。単純な奴だと笑われればそれまでだけど。
そして、生きようと思えた俺は、気が早いかもしれないけれどこんなことさえ考えていた。
「あのさ、津田さ――じゃなくて、月子。ついさっき思ったことなんだけど」
「どうしたの、進くん」
月子は体は動かさないように、顔と目だけ俺の方へ向ける。
「もし行く当てがないんだったらさ、一緒に暮らさないか。そうすれば家賃とかも浮くだろうし、何より一人よりは寂しくないだろ?」
「い、一緒にって……!」
月子は突然の話にびっくりしたのか目を真ん丸くして、次に顔を真っ赤にした。……うん? 顔を真っ赤に? 今の話の中にそんな顔を真っ赤にするような内容が含まれてただろうか。――って、あっ。
「ち、違う違う!! そういうことじゃないよ!? ただ単にうちの実家に住まないかってことだよ! 俺だってまだ高校生だしバイトもしてないしこれから大学進学するかもしれないし……二人暮らしなんてまだ先の話だよっ」
「あ、ああ、びっくりしたぁ……てっきりプロポーズだと思っちゃった。進くんにしては大胆だなって思ったよ……」
あー、焦った。確かに今考えればあの言い方は勘違いするよな。日本語って難しい。
「ぷ、プロポーズするなら、きっともっとちゃんとしっかりするから、その時まで待っててよ」
「うん……楽しみにしてるね」
月子はそう言ってにこっと笑った。この顔が見たくて、俺は月子のそばにいるんだ。
……にしても、自分でプロポーズのハードルを上げてしまった……。もっとちゃんとしっかりしたプロポーズってなんだ。やっぱりサプライズだろうか。大掛かりなものは月子が好きそうじゃないから、するにしてもちっちゃいサプライズだろうな。……まあ、それは随分先の話なのだけれど。
「それで、進くんのうちに住むって話だけど……私はそうできたらとっても嬉しい。でもお母さんとかお兄さん弟くんにも迷惑じゃないかな……」
「帰ってから話してみようとは思ってるけど、母さんは多分あんまり気にしないし健も誠も言えば分かってもらえると思うぞ。昔父さんが使ってた部屋もあるし。……まあ男ばかりでむさ苦しいけど。」
「そんなことないよ。私、進くんのおうちのあったかい空気、とても好きだよ」
そう言われるとなんだか照れるというか恥ずかしいというか。確かに家庭としてはかなり仲のいい家庭なのかもしれないな。
「お風呂の脱衣所とかが丸見えだからちょっと工夫は必要だけど……」
「だ、大丈夫! 住まわせてもらえるなら少しくらい見られても我慢するよ!」
「いやそれはダメだろ」
というか俺が月子の裸を見られるのがすごい嫌だ。
「と、とにかく、私は進くんちに住みたいよ!」
「本当?」
「うん。安心して住めるしそれに……進くんといつも一緒にいられる、から」
月子はそう言って顔を赤らめた。だったらさっきのお風呂のシーンでも赤らめてよかったと思うけど。恥ずかしさの基準が分からない。
しかし、俺も月子とできるだけ長い時間一緒にいたいから、その想いは二人とも共通しているようでよかった。
「じゃあ帰ったら伝えとくね」
「うん!」
月子の嬉しそうな顔に、俺の顔も思わず綻んだ。
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