19話 デート
藤城若菜さんとの対面から一ヶ月が経ち、美佳がナレーションを務める1000年文化の初回が先週放送された。
藤城さんが言っていたように、美佳を批判していたコメントのほとんどが、称賛するコメントに変わり、放送を見た業界からナレーションの依頼が美佳の元に少しずつ入るようにもなった。
美佳も自分の環境が変わり、生き生きと仕事をするようになってきた。
心にも余裕が出来たのか、今日はレッスンを休んで、デートがしたいと言ってきた。
「こうやってデートするのなんて久しぶりだな」
「そうだね。毎日私がレッスン行って、なかなかこんな時間取れなかったからね」
今日俺たちが来ているのは、美佳の事務所の先輩である
旦那と一緒に来いと、チケットを貰っていたそうだが、関係者席では本気で楽しめないということで、一般のチケットを取って見に来た。
「私たちといったら、深見さんのライブだよね」
「あぁ。直接、深見さんのライブが関係しているわけじゃないけど、俺たちを結びつけてくれたのは、深見さんのライブを見に行ったおかげだからな」
そんな会話をしながら、開園を待った。
『みーんなー!今日は来てくれてありがとう!』
会場が暗くなり、今期放送中のアニメの主題歌のイントロと共に、深見さんが登場した。
ワーっと、会場が熱気を帯びる。俺たちもその歓声に負けないように、声をあげてペンライトを振るう。
さすが、武道館ライブも成功させた超人気声優だ。観客の歓声が、その他のバンドや駆け出しアイドルのものとは違う。
ちらっと横を見ると、ペンライトをブンブン振って、ライブを楽しんでいる美佳の姿があった。
しかしその顔は真剣なものだった。ライブを楽しむのと同時に、いつか自分もこんなライブをしたいと、深見さんのパフォーマンスを目に焼き付けているのだろう。
いつでも本気な奴だ。美佳は、誰よりもヒロインになりたいと考えている。そのために、たとえデート中であっても、何かを取り入れようとしている。
そんな美佳の姿を見て、大丈夫お前ならできると思うのと同時に、自分もラノベ作家にならないとっと焦りを覚える。
「いやぁ、すごかったぁ!」
ライブ会場を出て、美佳が感想を口にする。
「ねぇ、ゆうくん!」
「ん?」
「私、絶対にここにもう一度来る。次は、私のライブとして」
「そうだな。お前なら絶対に来れるよ」
美佳は、人気が出始めた。今までの努力が恵まれて、実力が世間に認められ始めたのだ。
次は、俺の番だな。と、密かに思う。
「ねぇ、せっかく久しぶりのデートだし、まだ帰りたくないな」
美佳が俺の腕にしがみついてきて、可愛らしくそう言う。
俺も久しぶりのデートだから、まだ帰りたくないと考えていた。
「ごはんでも、食べに行くか」
「うんっ!」
その後、近くのイタリアンレストランでごはんを食べ、帰りの電車に乗るために駅へと向かう。
『ただいま、大雪のために運転を見合わせております。尚、復旧の目途は立っておりません。お急ぎのなか、お待たせして誠に申し訳ございません』
駅に着くと、そんなアナウンスが聞こえてきた。
ライブ会場を出た時から、何となく嫌な予感はしていた。なんたって、大雪が降っていたからだ。
「ねぇ、どうする?」
時間を見ると、23時だった。
さすがにこの雪の中、運転再開まで待っているのはしんどい。
「どっか、泊まれるところ探すか」
「でも、深見さんのライブのせいで、周りのホテルはいっぱいだよ」
人気声優深見円のライブには、全国から人が集まるため周りのホテルは、満員になる。
「美佳も分かってんだろ?そんな時はどこに行くか」
「ま、まぁね」
そして俺たちは、ラブホテルへとやって来た。
「やっぱりここになるんだね」
俺たちが深見さんのライブに行くと、絶対にこうなる。
部屋に入り、荷物を下ろし、シャワーを浴びた美佳が俺の元へとやって来て、隣に隣に座った。
肩をぴったりと引っ付けるように座る。
「初めてお前とラブホテルに来たときは、全ての行動にいちいちドキドキしてたな」
「今は、ドキドキしないの?」
少し拗ねたような顔をする。
「そうじゃなくて、お前といることが俺にとって当たり前になったんだなと思って」
「そうだね。初めて、ラブホテルに来て、それからゆうくんと一緒にいることが当たり前になっていった。あの時、勇気を出して告白してよかったな」
「あぁ、あの時美佳が告白してくれたから、自分の気持ちに気付くことが出来た。ありがとな」
「ううん。私こそ、ありがとう。あの時私の気持ちを受け入れてくれて、それから今まで一緒にいてくれて」
美佳は、心からの笑顔で感謝の気持ちを述べてくれた。
その表情を見ると、自分の中にある美佳を好きだという気持ちが抑えきれなくなり、美佳の正面を向いて、唇を重ねた。
美佳もそれを拒むことなく受け入れてくれる。
「美佳、大好きだ」
「うん、私もだよ」
「絶対に、戻ってこような。その時は、俺の作品の主題歌を引っ提げて」
「うん。絶対に」
そう言って、俺たちはもう一度唇を重ねた。
絶対に戻ってこよう。そのためには、俺がラノベ作家になって、作品をアニメ化させる必要がある。
美佳が前に一歩踏みだしたように、俺も踏み出そうと誓うのだった。
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