17話 藤城若菜②

「あの、相羽さん、一つお願いしたいことがあるのですが、良いですか?」

「何でも言ってください」


 今の美佳を救ってやるには、もうこの手段しかないだろう。


「…藤城若菜さんと、お会いできないでしょうか」

「藤城さんと、ですか?」

「はい!藤城さんに、美佳のナレーションを聞いてもらって、直接藤城さんから美佳にコメントを貰うんです。俺は、美佳のナレーションを聞いていませんから確実とは言えませんが、美佳のナレーションを聞けば、藤城さんも代役として相応しいと認めてくれるはずです」

「…確かに、愛流のナレーションは、藤城さんに匹敵する程の素晴らしいものでした。この業界に、あんな逸材がいたなんてという…。なるほど、人一倍、声優について考えている藤城さんです、きっと、若い世代を育てるためにもしっかりしたコメントを頂けるでしょうね」

「だったら……」

「やりましょう!愛流美佳をこのまま消すわけにはいきません。彼女は将来、藤城若菜以上の声優になるべき存在なんですから」


 ということで、電話の直後からは大忙しだった。


 藤城若菜さんは、美佳が所属する村山事務所ではなく、大木声優プロダクションの所属なので、相羽さんと共に先方に話を持ちかけ、何とか藤城若菜さんに合えないかと頼むことになった。

 しかし、相手は声優界トップの人物ということもあって、村山事務所の社長と大木声優プロダクションの社長が話をしなければならいということだった。


 美佳が寝たのを確認して、俺は相羽さんと落ち合った。相羽さんに連れられて村山事務所へと足を踏み入れた。

 社長さんとお話しができるように取り計らってくれたらしい。


「では、少々お待ちください。」

 応接室に入り、相羽さんが社長さんを呼ぶために、一時的に退室した。


 俺がしっかりしないと、美佳を支えてやらないといけないんだ。


 間も無くして、相羽さんが戻ってきた。

「お待たせしました、勇介さん、社長をお連れしました」

 相羽さんが促すと、スーツに身を包んだ紳士然とした、年配の男性が入ってきた。


「この度は、急にお呼びたてして申し訳ございません」

 俺は立ち上がって、社長さんに頭を下げる。

「顔を上げてください。相羽から話は聞いております。私としても、うちの若い声優をミスミス失うわけにはいきません」

 そう言って、腰掛けるように促してくれた。


「それでは、詳しくお話をしましょう」

「はい、お願いします」


 一般の会社員の俺にできることは、人に頭を下げて、頼み込むことだ。

 普段営業などで、人に頭を下げることは慣れている。


「美佳は、言われも無い誹謗中傷で、ひどく傷付いています。私の前以外では、絶対に泣き顔を見せませんが、帰ってきた途端にひどく泣いてしまいました。必死に必死に努力してきて、ようやく掴んだチャンスなんです。このままじゃあいつは、一生演技できなくなってしまいます」

「愛流さんの言う通りです、声優も人間、誹謗中傷にはやはり傷つき、演技することが恐怖になってしまいます。そういった人物をうちの事務所から出したくありません。それで、どうすれば良いとお考えでしょうか?」

「藤城若菜さんに、美佳を合わせてやれないでしょうか」

「藤城さんに、ですか」

「はい。声優交代なんて、珍しいことでは無いでしょうが、初めてのレギュラー番組になる美佳にとっては、大変な事なんです。だから、藤城さんにお言葉を頂ければ、美佳の励ましになると思うんです」

 それがダメ出しであれ、あいつは努力という言葉を知っている人間だ。根拠ある否定では、それを受け入れ自分の糧とすることができる。

「なるほど。わかりました、大木の社長とは長年の付き合いです。私の方から話してみましょう」

「あ、ありがとうございます!」


 その後家に帰ると、着いたと同時に電話がかかってきた。相羽さんからだ。

「もしもし、お疲れ様です」

『お疲れ様です。先ほどの件、社長から大木プロの社長にお話をしたところ、明日会ってくださるとのことです。それから、今後のことを決めていこうとのことです」

「そうですか!よかったです」

 まだ、藤城さんと会えるとは確定したわけでは無いが、前には進めたはずだ。


 次の日、美佳の朝ごはんを作り置きして、もう一度村山事務所へと向かった。


 受付の人に応接室に通されると、既に村山事務所の社長と相羽さん、それからおそらく大木プロの社長さんと、マネージャーの方が待っていた。


「お待たせしてしまって申し訳ございません」

 予定の時間より早く着いたつもりだったが、少し遅かったようだ。


「いえいえ、こちらが早く着き過ぎてしまっただけです」

 そう言ってくれたのは、大山プロの社長さんであろう、こちらもまた紳士然とした年配の方だ。


 俺は、大木の社長さんの前に腰かけ、話を始める。


「本日は、御足労をおかけして申し訳ございません」

「いえいえ、若い声優を守るためです」

「ありがとうございます。では、単刀直入にお願い申し上げます。愛流美佳に、藤城若菜さんと合わせてやれないでしょうか」

 俺のお願いを聞いた社長さんは、少し考えたような顔をして____。


「こちらこそ、お願いします」

「え?」

 予想だにしない返答をしてきた。


「実は、藤城自身が、自分の後継者と一度話をしたがっていたんです。恐らく彼女は、業界一声優のことを考えている人間です。自分の代わりをしてくれる若い声優をしっかりと守ってあげたいと考えているようです。ですので、こちらこそよろしくお願いします」

 そう言って、社長さんは頭を下げてきた。

「あ、あの!頭を上げてください。その、有難う御座います」


 その後、藤城さんと会う日の日取りを決めて、応接室を後にした。


 相羽さんは、美佳を呼んでくると言って、どこかに行ってしまった。なので、俺は相羽さんのデスクで待たされている。


 間も無くすると、美佳が相羽さんに連れられてやって来た。



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