15話 エゴサーチ

 旦那として、美佳を守っていこうと決めた日の夜、事件は起きた。


 仕事から帰り、夕飯も済ませ、カクヨムに投稿している小説の続きを書いていると、玄関の方で大きな物音がした。


「なんだ?」


 不審に思って、様子を見に行くと、そこにはひどく弱った表情をした美佳が倒れていた。

「おい!美佳!!大丈夫か!?」

 俺は、すぐに駆け寄って、身体を支えてやる。

 見ると、美佳の眼には涙があふれていて、顔には涙が伝った跡がくっきり残っていた。

「どうした?立てるか?」

 出来るだけ、美佳の負担にならないように、静かに優しく聞くと、弱弱しく頷いた。

 俺は美佳を支えながら寝室まで移動し、ベッドに横にしてやる。バッグや上着は、脱がしてやり、身体を軽くする。


「ごめんね、ゆうくん……」

 落ち着いたのか、美佳が声を発した。

 起き上がろうとしたので、慌ててそれを止め、横にしてやってから問いかける。

「どうしたんだ?体調崩したか?」

「ううん、そうじゃないの。その、さっき親睦会の帰りにタクシーの中で、エゴサーチをしてたんだけど……」


 エゴサーチ……。もっとも恐れていたことが起こってしまった。

 今、『愛流美佳』の名前で検索をすると、誹謗中傷の嵐だ。そんなものを本人が見てしまったら、どうなるかぐらい容易に想像ができる。


「ねぇ、ゆうくん。私、皆に認めてもらえるのかな……。こんな仕事、受けるべきじゃなかったのかな…」

「そんなことない!皆、美佳の声も聞いたことないのに、勝手なことばかり言ってるんだ」

「だって、私アニメにほとんど出たことないから……。そりゃ、聞いたことなくて当然だよ。今まで認めてもらえなかったから、出演出来てなかったんでしょ。監督さんたちは、良いナレーションだったって言ってくれたけど、それもお世辞かもしれないし……」

「そんなのお世辞じゃないよ。へたくそだったら、番組のクオリティに影響が出るだろ?そうなったら、お前のこと下すはずだ。そうならなかったのは、美佳が本当に良いナレーションをしたってことじゃないのか?」

「でも、でも、私は、藤城さんじゃない……。見ている人たちが、認めてくれるか分かんないし……」

 確かにそうだな。藤城若菜、日本を代表する声優さんだ。

 こんな、王御所の代理なんて、普通は認めてもらえないだろう。ましてや、無名の愛流美佳が担当するとなればなおさらだ。

 そんな中ナレーションを行わなければならない美佳の精神状態は、いったいどんなものなのか、想像だに恐ろしい。

 いったい、平凡な社会人の俺に、どんな言葉がかけられるのだろうか。


「美佳………」

 何か言葉を紡ごうとしたところで、リビングで電話が鳴る音が聞こえた。

「ごめん、電話だ。楽にしとけよ」


 俺は美佳の部屋を後にして、リビングまで戻り、受話器を取った。

「もしもし」

「もしもし、村山むらやま事務所の相羽と申しますが、その声は、旦那さんですか?」

「はい。相羽さんというと、確か美佳のマネージャーさんですよね」

「はい。今日は、愛流美佳のことで電話を差し上げたのですが、旦那さんに出て頂いただけて、助かりました」

「俺に、お話が?」

「はい。先ほど、彼女と一緒に仕事場から帰っていたのですが、タクシーを降りたあたりから、様子がおかしかったものですから、何かあったのかと思いまして。普段は、いつも明るく振舞って、オーディションに落ちた時でも、私たちには、落ち込んだ顔など一切見せずに、ひたむきに練習しているのですが…」

 そんな美佳が、今日ばかりはあまりにも大きなショックを受けて、相羽さんにも心配されるような、表情を見せてしまったというわけか。

 俺の前以外では、決して弱音を見せない美佳だ。相当、ダメージが大きかったのだろう。

「さっき、美佳から話は聞きました。どうやら、タクシーの中で、自分の名前でエゴサーチしたらしいです」

「やはり、そんなことでしたか。私も彼女の名前で検索しましたが、あの誹謗中傷はひどい。何もかもでたらめじゃないですか」

 さっきまで、落ち着いた声色で話していた相羽さんの口調が少しきつくなる。

「全くです。あいつの努力も知らないくせに、好き勝手言いやがって。じゃあ、自分たちは美佳以上のナレーションが出来るのかよって…」

「本当にその通りですね。そばで聞いていましたが、彼女のナレーションは素晴らしかったです。おそらく、番組を見た人は藤城若菜さんの代役が、愛流美佳で納得してもらえると思います。しかし、オンエアーまではまだまだ日がありますし、それまでに彼女の気持ちが持ち直さなければ、今後のナレーションに影響が出てしまいます。そうなってしまうと、本当に最悪なナレーションになってしまう」

 美佳に、今後のスケジュールはある程度聞いている。次のナレーションの仕事は、一週間後らしい。

 それまでに、何とか気持ちを立て直してやらなければならない。そうしないと、今後も美佳は叩かれ続け、本当に声優としての人生が途絶えてしまう。

 あいつは大学時代、ずっと声優に憧れて、声優になった。あいつの声優人生はこれからだというのに、いわれもない中傷で壊されてしまったら、やるせない。

「私は立場上、彼女だけを救ってあげることはできません。どうか、旦那さんがあいつの支えになってやってください」

 そうだ。誰よりも、俺があいつのことを守ってやらなくてはいけない。

 しかし、俺に何ができるのだろうか……。

 ただの会社員の俺に出来ること__________。


「あの、相羽さん、一つお願いしたいことがあるのですが、良いですか?」

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