13話 苦悩
美佳からナレーションの仕事を貰ったという話を聞き、俺もラノベ作家の道を本気で目指そうと決意したものの、俺の心の中にはモヤモヤするものが残っていた。
「ゆうくん、明日帰り遅くなると思うから、晩御飯は食べといて」
「あぁ。でも、なんかあるのか?」
「うん。明日から、ナレーションの仕事が始まるんだけど、撮り終わってからスタッフさんたちと親睦会を兼ねた、飲み会をしようってことになってるの」
「そっか。俺のことは気にしなくていいから、楽しんできたらいいよ」
「ありがとう。じゃあ、今日はもう寝るね」
「頑張れよ、明日」
「うん。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って美佳は、寝室へと入っていった。
今の頑張れという言葉は、心からの応援だったと思う。
でも、どこか遠くへ行ってしまう美佳の姿を見ていると、やるせない気持ちになってくる。
「頑張ってるね、最近」
会社の食堂で、お昼ご飯を食べながらスマホで小説を書いていると、渡瀬さんに声をかけられた。
「お疲れ様です。どうも、今は書いてないと落ち着かなくて」
「そっか。彼女の方も、仕事が決まったみたいだからね。ちょっと、焦ってるんでしょ?」
図星だ。
美佳がこのまま売れっ子街道を進んでいってしまうと、俺は取り残されてしまう気がする。それでは、俺たちの夢を実現することが難しくなるかもしれない。
それに、俺がデビューできないままだと、美佳の足を引っ張ってしまうことになる。
「そんなにコンを詰めても、いい作品はできないよ。カクヨムのPV数はどうなんだい?」
「えっと、65PVです」
現在、10話掲載していてこのPV数。5話で50PVだった頃と比べて、明らかに落ちてきている。
「ほらね、やっぱり落ちてきている。僕にも経験があるよ」
「……え?渡瀬さんも?」
「当たり前だろ。プロデビューして1本目の作品あれは、3巻で打ち切りになった」
渡瀬さん改め天堂ライトのデビュー作『宇宙と妹』は、1巻の売り上げは上々だったが、2巻3巻で売り上げを落とし打ち切りになったのだ。
俺もその作品を1巻から読んでいたため、3巻のあとがきを読んだときはとてもショックを受けた。
「あの時は、絶対に売れないとって思ってすごく焦ってたんだ。デビュー作が売れなければ、次の出版までに時間がかかる。チャンスを貰えるかも分からない。その間に、俺の名前を忘れられて、次に出版する作品が売れなかったらどうしようってね。そしたら、焦っちゃって、自分が面白いと思える作品さえ書けなくなっていた。その結果が打ち切りだったんだよ」
まさか、渡瀬さんにそんな苦悩があったなんて。
今ではアニメ化まではいってないものの、あのライトノベルが素晴らしい通称『あのラノ』に選出される作品を書いている売れっ子だ。
「でも、どうして今はあんなに面白い作品が書けてるんですか?」
「それはね、一度冷静になって、考えてみたからだ。自分に何が足りていないのか、何に焦っているのかを。連載が終わったことによって、冷静になることが出来た。よく言うでしょ、失敗は成功の元だって。愛流君の場合は、僕とは状況が違う。自分の失敗じゃなくて、相手の成功に焦っているわけだからね。でもね、それは考え方を変えれば、自分は失敗していないってことだ。それならば、成功する方法をじっくり考えることが出来る」
「成功する方法……」
確かに、美佳の成功ばかりを見ていて、自分のことは全く頭になかった。
ただ、美佳に負けたくないって一心で面白くもない小説を書いていたんだ……。
「それに、美佳さんの仕事は絶対に一筋縄ではいかない。必ず壁にぶつかるはずだよ。そんなとき、旦那の君が冷静に支えてあげなくちゃならない。そうだろ?」
そうだ。俺は、小説家志望の人間である以前に、美佳の旦那なのだ。
そんな俺が、あいつに嫉妬して困ってる美佳を支えられなくなってちゃいけない。
「美佳さんは誰の代役か知ってるかい?」
「えっと、確か
俺も子供のころから、藤城さんの声を聴いて育ってきた。日本人なら知らない人はいないベテラン声優さんだ。だから聞いたときは驚いた。
「それが、どれだけの責任を背負っているか分かるか?」
「そりゃ、失敗は許されないわけで、多くのファンの……あっ」
そうだ、なんで今まで気づかなかった。
あんな王御所声優の代役を、無名の美佳が務めることになるんだ。
それがどれだけの重圧で、俺だけのファンの応援と、怒りを背負っているか、想像しなくても分かってしまう。
SNSが普及している時代、簡単に誹謗中傷が書き込めるわけだ。
俺は、小説を書いていたアプリを落とし、『愛流美佳』の名前で、ネット検索にかける。
すると_____________。
「藤城さんの、代役誰?愛流美佳?は?どこの新人声優だよ」
「愛流美佳おわったな」
「愛流美佳(草)さすがにその仕事は断れよ」
「愛流美佳、新人のくせに出しゃばってんじゃねえよ」
「無名」
「消えろ」
美佳の演技も知らない奴らが、好き放題アンチコメントを書いていた。
幸い、美佳はエゴサーチはしないタイプだから、まだ自分が叩かれてることには気づいていないだろうけど、時間の問題だ。
「これから、二人には大変な試練が待ってると思うよ。その中心はおそらく、美佳さんだろう。君が、こんなところでうじうじしていてはいけない。君は、前を向いてしっかり彼女を支えてあげるんだ」
そうだ。俺はプロじゃない。だから、叩かれることもない。
しかし、美佳は違う。現にネットではあることないこと書き込まれてしまっている。
俺は、美佳をしっかりと守ってやらなければならないんだ。
「ありがとうございます、渡瀬さん。目、覚めました」
俺は前を見て進んでいこう。
ラノベ作家を目指して、そして美佳の旦那として、しっかりと彼女を支えながら。
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