12話 ナレーション
相羽さんから、ナレーションの話をされてから5日後、私は梅津さんに指定されて、事務所近くの喫茶店に、相羽さんと共にやって来た。
「どうぞ、こっちです」
店内に入ると、先に来ていた梅津さんが私たちに呼びかけてきた。
「この度は、弊社の愛流にナレーションのお話を頂き、誠に有難うございます」
梅津さんと対面すると、相羽さんは業務敵に挨拶をする。
私もそれに倣い挨拶する。
「そうかしこまらないでください。さぁさぁ、座ってゆっくり話しましょう」
梅津さんに促され、私たちは対面の席に腰を下ろし、コーヒーを注文して話を始めた。
「すでに、お話ししたように、今回は私の知り合いが担当している、ドキュメント番組のナレーションの代役をしていただこうと思っています」
それは私も相羽さんから聞いている。
しかし、あの後その番組について調べた。番組の名前は『1000年文化』という。
日本のあらゆる伝統文化について、取り上げている番組で、10年ほど続いている人気番組だ。
っと、そこまでは良いんだけど____________。
「その、私なんかで本当に大丈夫なんでしょうか?
今回、私は藤城若菜という声優さんの代役を務める。
藤城さんといえば、日本人で知らない人はいないであろう、御年80歳のベテラン声優さんだ。
今まで、数多くの国民アニメの主人公を演じられており、私も小さいころから藤城さんの声を聴いて育った。
そんなすごい声優さんの代役を務めるなんて、ほ、本当に私で大丈夫なの?
「愛流さんのご心配はごもっともだと思います。現在、他に担当されているレギュラー番組の代役をあらゆる声優さんにオファーをされているそうですが、なかなか決まらないようです。皆さん、恐れ多いと言って」
あわわわ。私、引き受けちゃったよー。
てか、相羽さん、私が引き受けるって言うまで、番組のタイトルさえ教えてくれなかったよね。
ジト目で隣の相場さんを見ると、『ごめんちゃい!てへぺろ!』と、いかにも反省してない顔をこちらに向けてきた。
「しかし、私は愛流さんには出来ると確信しております。オーディションの時あなたの演技を聞かせて頂いて、この人は将来、絶対に業界に名を遺す人物になると直感しました」
「そ、そんなにですか?」
なぜ、私をそんなに買ってくれるのだろう。
オーディションにきていた人なら、もっといい人はいっぱいいたはずなのに。
「あなたは、少し自分に自信がないようですね」
「・・・え?」
「どこか遠慮しているんでしょう。自分より他にうまい人がいる。私が担当する必要はない、と。あの時聞かせて頂いた演技は、すごい意志が籠っていました。絶対に役を勝ち取ろうという意思が。かといって、しっかりとキャラクターを理解して演じられている。そのような声優さんはなかなかいません。どうか、自信を持ってください」
いつも私は、自分よりもうまい人がいると思ってオーディションを受けてきた。努力しても、仕事がもらえないのは、自分よりうまい人たちがいるからだと自分に言い聞かせて。
そっか、自信がなかっただけなんだ。
「あなたの努力は、相羽さんからお伺いしました。それだけの努力量、目標に向かう意思があれば、きっとあなたは一皮も二皮も剥けるでしょう。その一皮目、この番組で剥いてみませんか?」
梅津さんが、スッと手を差し出してきた。
私はその手を握り返し_____。
「はい!よろしくお願いします」
私はこの番組で絶対に名前を知らしめるんだ。
この時の私は、自分がどんな仕事を引き受けたのか、しっかりと理解していなかった。
そして、ゆうくんとの関係に変化が生じ始めていたことも。
人生の歯車が噛み合わなくなってきていた………。
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