同じことをやりながら、違うことをやる

 私は自分の願望を語ります。

「でも、他のことをせずに小説だけ書いて生きていけたらいいなとは思いますよ。私がそうなれるかどうかはわからないけど、そういう生活ってちょっとうらやましいかな~」

 それに対して、あの人はゆっくりと語気を強めるように答えます。

「そこのところは心配しなくていい。いずれ君はそうなれる。いつか必ずね」

「ほんとうに?」

「ほんとうに、だ。ただし、今のまま小説を書き続け、成長を続けられればだけど」

「書き続けるのは大丈夫だと思います。成長できるかどうかは、わからないけれど」

「小説の難しい所は、そこにある。小説を書くという行為自体は雑務と同じ。洗濯をしたり皿を洗ったり、特に意味もなく金をかせぐためだけにする労働や、毎日の雑務と同じ」

「確かに、書くっていう行為自体は単純な作業ですよね」と、私も同意します。

「けど、内容は変えなければならない。洗濯や皿洗いならば、一度やり方を覚えてしまえば、あとは同じことの繰り返し。でも、小説はそれじゃあ駄目。ストーリーを変え、キャラクターを変え、テーマを変え、ジャンルを変え、表現方法を変えていかないといけない。そうしないと、読者は飽きてしまう」

「そうですよね。同じことばっかりじゃ、飽きちゃいますよね」

「毎日同じことをやりながら、違うことをやれなければならない。それが非常に難しい」

「大変だな~、私にできるかな~?」と、また気が滅入めいってきます。

 この人の話を聞いていると、「小説を書くって、ほんとに大変なんだな」って思います。どこまで深く掘っていってもきりがない地面みたいに。

「きっとできるさ。理由はいくつかある。少なくとも、現時点で君には強力な武器が2つはある」

「武器?2つ?」と、私は問い返します。

「そう。1つ目は、毎日小説を書き続ける能力。これができる人はほとんどいない。毎日欠かさず1000文字、いや500文字でも小説を書き続けられる者が一体どのくらいいると思う?」

「どのくらいですか?」

「おそらく1万人に1人もいないよ。この国に1万人やそこらしかいない計算になる」

「まだ、1万人もいるんですね」

「けど、それはとんでもない能力だよ。500文字を毎日書き続けるのと、10日にいっぺん5000文字を書くのじゃ、全然意味が違ってくる」

「同じ文字数なのに?」

「そう。毎日書いてれば、それだけ成長するからね。成長のチャンスが10回もある」

「そうなんですか?」

「事実そうだろう?君は毎日書き続けることで成長し続けている。1日に書ける文字数も、1時間あたりの執筆スピードも、内容だってグングンよくなってきている」

「確かに。言われてみればそうですね」

「まして、君は毎日3000文字も書ける人間になりつつある。それは脅威だよ」

「脅威ですか」

「それを毎日4000~5000文字にまで上げて欲しい。それで10万人に1人になれるよ。つまり、この国に1000人しかいない。プロアマ合わせて、その程度しかいないよ。もしかしたら、もっと少ないかも。100人もいないかも」

「プロの作家って、そんなに書かないんですか?」

「書かないね。書く人もいるけど、書かない人の方が多い。分量にすれば年に1冊程度なんて人もザラだよ。それどころか、デビュー作以降1作も書けなかった、なんて人もいっぱいいる」

「そうなんですか?なんか意外ですね」

「それくらいコンスタントに小説を書き続けるってのは大変なものなんだ。毎日4000~5000文字っていえば、月に12~15万文字。ちょっとした長編小説1冊分にはなる。それを毎月続けてみなよ?年に12冊は書ける計算。年に10冊以上も本を出している作家がどれくらいいる?皆無だよ。ほとんどいない」

「そういわれてみれば、そうかも」

「もちろん、多くの作家は一度書いた原稿に何度も手を入れる。だから、その程度しか書けないとも言える。でも、君はその必要がない。そういう作家を目指すんだ。初稿が完成原稿、ほぼ手直しなしだ」

「できるんですか?そんなこと?」

「できるね。訓練しだいで。作曲家にも脚本家にもそういうタイプはいる。小説だって同じことは可能だよ」

「じゃあ、もう1つの武器は?」と、私はたずねます。

「もう1つの武器、それは純粋に小説を書ける能力さ」

「純粋に小説を書ける能力?どういうことですか?」

「お金も人の評価も気にしないで小説を書けるってことさ。ほとんどの人はそれができない」

「できないかな~?」

「できないね。多くの人たちは小説を書くのに外部要因に頼っている。だから、それがなくなれば書けなくなる。『お金にならないんなら書きません』とか『人に評価されないから書くのをやめます』とか、そんなのばっかりだよ」

「へ~、そういうものなんですね。私は、まだよくわからないから、なんとなく書けちゃいますけど」

「それがどれほど貴重な能力か、いつかわかる時が来るよ」

 でも、やっぱり私はこう思うのです。「この人がいなくなったら、小説を書き続けることはできないかもしれない。世界でたった1人でいい。私のことを信じ、私の小説を読んでくれる人が欲しい。そんな人がいなければ、書き続けられないかもしれないな」と。

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