絶不調の日

 アレレ~?

 全然書けなくなっちゃいました。

 昨日まであんなに調子よく書けていた小説『ミコトとレン』が全く進まなくなってしまったのです。

「一体、どうしちゃったんだろう?」と、私はひとり部屋の中でつぶやきます。

 いつもは夜に執筆しているのですが、今日は時間があったので「早めに書いてしまおう!」と思って、お昼から執筆を開始したのです。

 ところが、1時間 っても2時間経っても全然進まないのです。

 夕方になり、夜になり、結局ほとんど1文字も書けませんでした。


 仕方がないので、あの人に泣きついて電話をします。

 ひと通り話を聞いて、あの人はこう答えました。

「なるほどね。まあ、そんな日もあるさ」

「私、スランプなんでしょうか?」

「ウ~ン、まあそうかもしれないけど。そうでないかもしれない」

「どういうことですか?」

「正直、君はよくやってると思うよ。ここまでのところ、実に理想的なペースで成長してきていると思う。10年小説を書いてる人でも、ここまでできる人はなかなかいないよ」

「ほんとに?ほんとにそう思いますか?」

 あの人は、ゆっくりとかみしめるように答えます。

「ああ、ほんとさ。ただ、始めてまだ1か月だ。君は少々無理をしすぎている」

「でも、毎日書かなきゃいけないんでしょ?それが1文字も書けないだなんて、私、作家失格ですよね?まして一流の作家になんて絶対になれはしませんよね?」

 フフフッと、あの人はおかしそうに笑います。こんな風に笑うのなんて初めて聞きました。

「まあ、そんなにあわてなさんなって。それに『音吹おとぶき璃瑠りるの誕生』の方は書けてるわけでしょ?なら、いいんじゃないの?」

「そうでしょうか?あっちの方は自分の体験を書いてるだけだから。小説っていえるのかな~?日記みたいなものでしょ?」

私小説ししょうせつってジャンルもあるさ」

「でも、このままじゃ、まともな小説が書けなくなっちゃうんじゃないですか?私小説とか日記みたいなものしか書けなくなっちゃうんじゃないかって不安なんです」

「さっきも言ったけど、君はよくやってるよ。充分すぎるくらいさ。いい?小説ってのは山の天気みたいなものなんだよ」

「山の天気?」

「そう。昨日はあたたかかったのに、今日は急に気温が下がってる。さっき晴れていたかと思ったら、もう雨が降る。小説なんてものはさ、絶好調で書けていたかと思ったら、パタリと書けなくなる。急転直下で絶不調!そんなもんさ」

「それでも書き続けるのが一流の作家なんでしょ?」

「もちろん、そうだ。絶好調の時にバリバリ書くなんてことは誰にだってできる。絶不調の時に、いかにしてそれなりのレベルにまで押し上げるのか?それが一流の作家ってものさ」

「じゃあ、やっぱり私は失格ですね」

「そうだね。ただ、君は小説を書き始めて、たかだか1か月やそこらだ。そんな頃から一流と同じ芸当ができる者なんていやしないよ。いたとしたら、それは天才だけだ。それも、先行型の天才だけ」

「センコウガタの天才?」

「そう。最初から上手うまくできる天才さ。これまで見てきた限り、君はそうではない。だからといって、あきらめることはない。大器晩成型って可能性もある」

「タイキバンセイガタ?」

「最初は成長が遅くとも、あとになるほど伸びてくるタイプさ。しかも、君はここまでのところ順調に成長している。これでも早すぎるくらいさ」

「そうかな~?」と、私は疑問を隠せません。

「そうさ。前にも言ったと思うけど、君はなんだよ。いずれ大木になれる逸材いつざいさ。問題は、その先どこまで成長できるか?それはやってみないとわからない。その辺の山に生えている程度の大木かもしれないし、樹齢1000年の屋久やくすぎかもしれない」

 そう言われても、私はまだ納得がいきません。

「でも、書きたいんです!今すぐに!せめて今日のノルマ分だけでも!」

 それから、あの人は電話の向こうでしばらく黙ってから、再び口を開きました。

「毎日小説を書いているのは偉いし、必死に書こうともしている。君のその姿勢は尊敬に値する」

「はぁ」

「けど、小説ってのは書こうと意識しない方が書けたりするものなんだよ。『書こう!書こう!』という意識が強すぎるほど書けなくなっていき、全然関係ないことを考えて生きている時に自然と物語が生まれてくる。そういうものなのさ」

「全然関係ないこと?」

「そうだ。今の君はちょっと気負きおいすぎかもしれないね。もうちょっと肩の力を抜いた方がいい。ありのままの姿でいた方がいい。きっと、その方が自然に書けるよ」

「そういうものですか?」

「そういうものさ。あとは、ルーティンワークかな?」

「るーてぃん、なんですか?」

「ルーティンワーク。いつも通りの決まったやり方さ」

「ふむふむ」

「君はいつも夜に小説を書いてたんだろう?」

「そうですね。お昼はお仕事がある日が多いので。でも、今日はお休みだったので早めにやってしまおうと思って、お昼から書き始めたんです。それがいけなかったんですか?」

「その可能性はあるね。多くの小説家はそうなんだけど、大体、決まった時間に決まった場所で仕事をする。だから、それを体が覚えてしまっていて、いつもと違う場所で書いたり違う時間に書こうとすると、体が自然に反応しないんだ。だから、全然書けなくなる」

「ああ~、それかも!」

「もちろん、そういうのがない作家もいる。いつどこで書いても同じようなパフォーマンスを発揮できる人もいるし、時間も場所も決めていない人もいる。パッとアイデアが思いついた時が書きどきというわけさ」

「なるほど」

「君はいつも同じ時間、同じ場所で書いてるんだろう?」

「そうですね。いつも自分の部屋で、大体同じくらいの時間に。あと、コーヒーをいれて音楽を聞きながら書くことが多いです」

「いつも同じ曲?」

「いいえ、特に決まってません。あ、でも、最近は同じ曲が多いかも。同じアルバムを頭からかけていくんです」

「そういうのが大事なんだよ。それはなんでもいい。とにかく自分なりのルーティンワークを決めて、毎日同じパフォーマンスが発揮できるようにしておく」

「わかりました!じゃあ、そうしてみます!」

「もちろん、それは大きなリスクでもある。いつも同じ条件下でしか執筆できないってことは、ちょっとでも環境が変わったらすぐに書けなくなるってことだからね」

「そうですよね」

「まあいいよ。最初は自分なりのルーティンワークを決めて、安定した質と量を書けるようにする。それができるようになったら、今度はどこででもいつでも書けるように訓練していく。それでいいんじゃないかな?」

 というわけで、私は自分なりのルーティンワークというものを作ることにしたのでした。

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