地の文と会話文のバランスを考える

 その日、私は図書館でパラパラと本をめくって回っていました。

 タイトルが気になった本とか、表紙がきれいだなと思った本を、適当に手に取ってはパラパラとめくってまた本棚に戻すという作業を繰り返していたのです。

 小説の置いてあるたなの端から順番に、ひたすらにその作業を繰り返します。決して本を読んでいるわけではありません。ただ、中身をチェックしているだけなのです。


 本を読んでいるわけではない。では、何をしているのか?

 実は、それぞれの小説の“地の文”と“会話文”の割合をチェックしているのです。地の文というのは、情景描写や心理描写など会話文以外の文章。そして、会話文というのはカギカッコでくくられた文章です。

「こんにちは」「ごきげんいかが?」「僕はこれから食事に行こうと思うんだけど。君、時間は空いてる?よかったら一緒にどう?」みたいな感じです。


 1冊の本を手に取ってから棚に戻すまで、大体2~3分くらい。適当な本を手に取り、物語の頭から順番にパラパラとページをめくりながら、どのくらい地の文が続き会話文が続くのか、それを感覚で覚えていきます。

 もちろん、本の内容なんて全く頭に入っていません。だって、読んでいないのですから。


 なんでこんなことをしてるかですって?

 それは、あの人に言われたからです。前回、あの人に会った時に「これからはもっと情景描写を増やすといいよ」とアドバイスをもらったんですけど。

 それでちょっと反省したんですよね。「これまで私が書いてきた文章って、あんまりバランスがよくなかったかな?」って。

 たとえば、ひたすら心理描写が続いたかと思ったら、こんどはず~っと会話文が続いたりして。なので、他の人がどんな形の小説を書いているか気になったわけです。

 それで、あの人に相談したら、この方法を教えてくれたんです。

「君はまだ人の作品を読むべき時ではない。影響を受け過ぎて、自分の作品が支離滅裂しりめつれつになってしまう可能性が高い。だから、まだ他の人の小説は読まない方がいい。でも、眺めるだけなら大丈夫」って。「小説の中身は読まずに、地の文と会話文がどのくらい続いているか。その割合やバランスを確認してきなさい」って、そう言われました。

 で、図書館でその作業の真っ最中さいちゅうというわけなのです。


 それでわかったんですけど。私が思っていたよりも、小説って地の文が多いんです。かなり軽めに書かれている小説、たとえば児童文学なんかでも地の文がひたすら続いていたりするんですよね。あと、会話がずっと続くわけじゃなくて、会話と会話の間に情景描写や心理描写が入っていたり。

 会話文って、平均すると本の半分もないんじゃないかな?4割以下かな?少ない人だと、2割にも満たない作者もいるし。極端な例だと、ほとんど会話なしで改行もなしで、ひたすら文字の羅列られつが続いているなんて本もあったし。

 もちろん、それぞれの作者の作風にもよるんですけどね。それと、ここの図書館にはライトノベルみたいな本がほとんど置いていないので、もしかしたら児童文学よりももっと軽めの本があって、そういうのはひたすら会話文が続いているのかもしれませんけど。


 そして、おうちに帰ってきてから書いてみたのが、この文章ってわけです。いかがでしょうか?

 きっと、今回の経験が、これから書く私の小説にも大きく影響を与えてくれることと思います。

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