君は何のために小説を書く?
ある時、あの人からこんな風に
「君は一体、
私はしばらく考えてから答えました。
「何のためにって言われても。書きたいから、かな?」
「世の中には、それ以外の目的で小説を書く者たちが大勢いる。たとえば地位や名誉のためとか、お金が欲しいからとか、人からチヤホヤされたいからとか、そういった理由だ」
「お金は別に。もちろん、小説を書くことがお仕事になれば、それはそれでいいなと思いますけど。地位とか名誉とかもいらないかな?あ、でも、読んでくれた人が喜んでくれればうれしいなと思いますよ」
私のその言葉に対して、フ~ッと長いため息をついてから、あの人は言いました。
「それはいい。人に喜ばれるからでも、お金を
「オマケ?」と、私は聞き返します。
「そう、オマケだ。あればあったでいい。だが、それなくしても書けなければならない。作家というのは孤独なんだ、根本的な意味では。どんな闇の中でも自分から光を発して生きていかなければならない。
「できるかしら?私に?」
「できるさ、君ならば」
「そうかな~?やっぱり読んでくれる人がいないと書き続けられないんじゃないかな~?書いてる時は自分のためでも、書き終わった後は誰かに読んで欲しいなと思いますよ。大勢でなくてもいいから、わずかでもいいから私の書いた小説を読んでくれて
「そういう人は多いね。でも、それは二流三流のやることだ。一流の作家ならば、誰にも読まれずともたったひとりで孤独に書き続けられなければならない」
「また一流の作家ですか」
「君にはその資質があると思うけどね。現に今だって、誰からも評価されずほとんどアクセス数すらない中で、たったひとりで書き続けているじゃないか」
「それは」と言いかけて、私はやめました。
「それは、あなたが信じてくれるからですよ。あなたが褒めてくれるから、だから続きを書こうと思うんです。新しい作品を書く気が起こるんです。世界中誰も信じてくれなくてもいい。たったひとりあなたが信じてくれれば、私はこれからも小説を書き続けられると思います」と、本当はそう言いたかったのだけれども。
代わりに私の口から出たのは、こんなセリフでした。
「それは、そうかもしれませんね。でも、それだけだといつか私は小説を書くのをやめてしまうかも」
「その時はその時だ。そうなったら君はそこまでの人間だったということさ」
それを聞いて、「時々この人はすごく冷たいことを言う人なんだな。きっと、いい小説を書くためにならば、鬼にも悪魔にもなれる人なのね」と、私は思うのでした。
「まあいいさ。人に読んでもらいたいというのは、あるいはスタンスの違いかもしれないしね」
「スタンスの違い?」と、私は尋ねます。
「そう。誰かに喜んでもらいたいというのは、エンタメ向きだといえる。逆に、ひたすら自分のために書き続けられるのは文学向きだ。もしかしたら、そこに一流二流の違いはないのかもしれない」
「私もそう思います。人に喜んでもらいたいというのは、決して悪いことじゃないですよ」
「まあ、そうかも。そこに優劣の違いはないのかも。君には両方できるようになって欲しいけど。エンタメも文学も。ただ、忘れちゃいけないよ。お金にために書くようにだけはなっちゃいけない」
「でも、いつかはお仕事として小説を書くようになるんでしょ?」
「そうだね。いずれ君ならそうなれるよ。だけど、それが目的になってはいけない。小説を書いてお金をもらうのはいい。でも、お金をもらうために小説を書いてはいけない」
「どう違うんですか?」
「あくまで小説が先。お金は
「出版社と契約しちゃいけないってこと?」
「そうじゃない。もっと感覚的なものさ。契約するのはいい。締め切りを守って書かなきゃいけない時だってあるだろう。だけど、そっちが優先になっちゃいけない」
「難しいですね」
私は頭がこんがらがり始めてきました。
それから、しばらくの間あの人は考えてから続けました。
「そうだな。たとえば、こういうことさ。世の中には、いいホテルに泊まって
「はい、いますね。私だって、そういうこと思いますよ」
「それはいい。ただ、いいホテルに泊まったり美味しいものを食べたりしたいがために小説を書くようになったら駄目だって話さ」
「質素であれってことですか?いい小説を書くためには」
「そうじゃない。別に贅沢をしたっていい。もちろん、質素な生活をしていい小説を書き続けている作家だって何人もいる。そこはあまり関係ない。どちらもいい経験になるからね。普通の人ができないような贅沢を体験することで、次のいい作品を書けることだってある。逆に、どうしようもない
「やっぱりよくわかりません」
「目的と手段の問題だよ。多くの人たちは、一度贅沢な生活をしてしまうと、そこから抜け出せなくなってしまう。生活のランクを落とせなくなってしまうんだ。だから、同じ贅沢を続けようとして、自分の作品をお金を稼ぐ道具にしてしまう」
「ふむふむ」と、私はうなずきます。
「でも、一流の作家ならば決してそんなことはしない。一流の作家は、常に最高の作品を生み出そうと
「なんとなくわかってきた気がします」
「ならいいんだけど」と答えた後、あの人はしばらく黙ってから、再び続けました。
「いいかい?いつか君は自分の力でお金を稼げるときが来るだろう。そのたぐいまれなる力を使って仕事ができる時が来るだろう。でも、決してお金にために小説を書いたりはしないって約束して欲しい。お金にならないから小説を書くのをやめるだなんて言い出さないで欲しい。もしも、君がそんな風に落ちぶれたなら」
「落ちぶれたなら?」と私は聞き返します。
「もしも、君がそんな風に落ちぶれたなら、その時は別れの時だ」
やっぱり、この人は厳しい人なのだなと思いました。でも、心配しないで。そんなことになりはしませんから。
「大丈夫。約束しますよ」と答えながら、私は思いました。
信じてくれる人がいなくなったその時は、私は小説を書くのをやめてしまうかもしれません。でも、お金にならないからといって小説を書くのをやめたりはしませんから。
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