11-4

「スカーフェイス、飛んでいる?」

「ああ。あの野郎、一方的に仕掛けてきて、さっさと逃げやがった」

「仕方ない。彼らも商売だ」

「こちらコイントス。三機目を撃墜した。借りは返したぞ、シラユキ」

「貸した覚えがないな」


 僕は来るならこの辺りかな、と思った。ぼんやりと、血流がその働きを落ち着けつつある頭のまま、空を眺める。

 スカーフェイスからさらに入電。


「追撃戦に移るぞ。ボーナス・タイムだ」

「ねえ、ちょっと」


 隊長機の通信に割り込む形だが、僕は言う。


「どこか、機体に穴が空いているみたいだ。見てくれないか」

「飛べそうか?」

「それが分からないから確かめてほしい。高度が上がらない」

「残るか。護衛はつける」

「基地まで戻れるかちょっと怖いから、見てよ」

「分かった。ちょっと皆、待機しろ。俺とハングドマンで見てみる」


 ああ……


 吐息。


 腹芸は苦手だ。

 言葉なんて大嫌い。

 肚の裡を読み合う空中戦と違って、言葉を選ばないと伝わらないなんて最悪だ。


 仕方なく、空を見据えたままの僕は率直に告げた。


「あのね、スカーフェイス」

「待ってろ」


 いた。

 本当に来た。


 ミモリ、君はまさに魔法使いの末裔だ。

 僕は君を畏怖し、畏敬し、そして敬愛しよう。


 それは君の望むものではきっとないだろうけれど。

 今、君は未来の予言すら成し遂げた。


 大声を出す。


「全機、高度を下げろ!」


 飛来音。


 スカーフェイスは判断の早い男だった。

 だからこそ、これまでエース部隊の隊長として君臨してきたのだろう。


「全機高度下げ! 何か来るぞ!」


 ローリングしている間も惜しんで全機が機首を下げた。


 次の瞬間。


 キャノピィのポリカーボネイトがびりびり震えるほどに空間が爆砕し、追撃に移ろうとしていた機体も、逃げ惑っていた機体も、まとめて次々と爆風の餌食になった。


 次々と空で爆発の黒煙が上がり、衝撃を撒き散らす。


 スカーフェイスが一度、機体を傾けたのが見えた。

 そしてうめき声が聞こえる。


「対空衝撃弾か?」

「低空にいれば当たらない」

「シラユキ、見えていたのか」

「まあね」


 これは半分嘘で半分本当。


「それもこれは艦砲クラスだぞ」

「警戒。上、太陽の中」


 僕はそれだけ告げる。


 そこにいた。


 三隻か。


 成る程、逆光の中で見るとその呼称も頷ける。


 黒の船団。


 その三隻の航空艦は確かに、黒く僕の目に映ったのだ。


「航空艦だと!? 作戦計画にはなかったぞ……」

「それだけじゃない。全機警戒しろ」


 僕の目には既に、太陽の中、航空艦の周囲の無数の黒点を見て取っていた。


「艦載機だ、数は……たくさん」

「黒の船団か!」


 次々と急降下してくる戦闘機の群れ。僕は早々に迎撃を諦めることを決めた。


「スカーフェイス、逃げよう。あんな数相手に出来ない。万が一戦闘機を迎撃出来ても、対艦装備なんて誰も持ってないよ」


 恐らく、わざわざ航空艦がここまで降りてくることはないだろうけれど。それでも隊長の決断はやはり迅速だった。


「同感だ。野郎ども、司令部からの命令はまだだが、さっさと逃げるぞ。命あっての物種だ」


 すぐに僕らは戦場を離脱すべく、地形追随飛行を開始した。


 戦闘計画になかった事態が起きた場合、大抵の航空傭兵は自らの生命を優先して逃亡する権利を有する。ただし、契約書によってはこの事項を素知らぬ顔で抜いてくる企業もいるため、戦闘会社の交渉担当は毎回、長い時間を掛けて契約内容を精査し交渉を行う。戦闘会社というものが生まれたきっかけでもある。


 こういう時、企業と専属契約を結んでいるパイロットは厄介だ。他ならぬ契約企業からの(この場合は利権を争っている会社で、戦闘会社ではない)命令が来るまで撤退出来ないことも多い。結局、死ぬのは逃げ遅れたサラリーマンばかりだ。


 が、得てして傭兵というのが使い捨てにされるのも世の常だ。

 スカーフェイスも予想していたのだろう、彼は急いでこの場を離れようと指示を出していた。

 しかし司令部からの無線がそれを遮る。


「スカーフェイス隊、撤退は許可できない」


 即座に唸り声を返す。


「ふざけるな」

「味方部隊の撤退を支援しろ」

「全機逃げ出す頃には俺達は死んでる」

「では企業直属部隊の撤退を。契約の範疇のはずだ」

「……くそっ」


 予想通りの展開ではある。スカーフェイスは寧ろ例外的だ。こういう時、稼ぎ時だと喜ぶのが大抵の傭兵。そういう連中は時にエースになり英雄になる。そして多くの場合はその後の作戦で死ぬ。例外は最初の戦いで死ぬ奴らだけだ。


「方角を寄越せ。ケツを蹴り上げてさっさと逃がしてやる」


 寄せ集めの航空傭兵の集団なのに、誰も隊長機に文句を言わないのは、この編隊の練度の高さを示している。ガトーという男がどれだけ信頼を集めているかということだ。


 いずれにしたところで、あまり時間はなかった。既に黒い戦闘機の群れは、それまで敵味方で争っていた連中を無差別に襲っている。そこかしこで機体が火を噴き、黒煙を曳きながら墜ちていく。

 スカーフェイスは麾下の弾薬と燃料の残量を聞いてから、指示を出した。


「コイントス、ウィッチワッチ、サルヴォはついてこい。他は撤退」

「僕は?」

「お前も撤退だ、シラユキ。機体が被弾したって言ってただろうが」


 まあ、そうなのだけど。あれは半分嘘だったから、正直心苦しいといえば心苦しい。


 とはいえ、ミモリが僕に情報を渡した対価が僕の帰還の実現だとするならば、ここは隊長の厚意に甘えるべきだろう。彼らは四機で向かう。無理はするまい。了承の意を伝えて機首を巡らせる。


「低空で抜けながら目標の護衛につく。無理はするなよ。撤退組の指揮はロンドブリッジが執れ」

「了解」


 上空には、恐らく降りてこないとは言え航空艦が陣取っている。賢明な判断だろう。恐らく企業軍の航空艦が来る前に文字通り雲隠れするはずだ。


 三隻もの艦を、どうやって秘密裏に運んできたのだろうか。天候が曇り気味だったから可能な作戦だけれど。快晴だったならこの襲撃はなかったはずだ。それにしても偵察機に発見されることなく、戦場指定区域に到達するのは容易ではないはずだ。あの時、黒の船団の航空艦をよく観察しておけばよかっただろうか。まあ、それをヘルガ・ヴァーリが許したとも思えないが。


 ミモリからのメモを読んだ時はまさかと思った。しかし彼女が嘘をつくわけもない。現にその予言は当たった。こうして黒の船団の戦場への乱入があったわけだ。ついでに言うとミモリは、極秘であるはずの今回の作戦を把握していた。彼女はどのようにこの情報を掴んだのか、そのマジックには興味があるけれど……


「そう簡単には逃がしてくれないか」

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