10-5

 デブリーフィングは至極簡単に済まされた。正直僕がいることには意味がなかった。コイントスの報告は簡潔だったし、特筆するようなこともない。


 僕が注目していたのは、「誰の指示で攻撃をしたのか」だったけれど、これも彼は「自分の判断です」と話した。それだけで十分だったので、それ以上のことは覚えていない。あくびをかみ殺して報告が終わるのを待つ。


 ようやく解放されたが、何も咎めがなかったことと、上司の、戦闘についての制御された反応のなさが、逆にこの事態が想定済みのものであったことを物語っている。

 少なくとも、今回の一件で僕に責が及ぶことはあるまい。つまり次の作戦への参加に支障はないだろうということ。


 僕とコイントスは互いの戦果――正確にはそこに至るプロセスについてを話しながら――芝生の敷かれた路面を歩いて、所定の場所、つまるところ喫煙所に。

 喫煙所をあまり離れたところに設置すると、非喫煙者が呼びに来るのも手間だし、僕らだって時間がかかる。いいことはないと思うのだけど。


 この会社はあちこちに芝生を植え付けてあって、最初は青臭いし虫も出るし、こんなものに意味があるのか分からなかったけれど、それがランニング用に作られたものであると知って感心した。平時のパイロットは体力作りに努めるものだ。もちろん走り込みもたくさんやるのだけど、そういう時に舗装されたアスファルトより、よく手入れされた芝生のほうが足を傷めなくて済むらしい。というより、そういう品種なのだとか。

 人間が走りやすいようにするためだけに作られた品種なんて、何だかぞっとしないけれど、僕個人にありがたいことには違いないので、さっそく僕もそこをランニングのコースに設定している。


 基地の中は一見静かなように思えた。ただそれは緊張を孕んだ静寂、狩りの時まで肉を食み、毛繕いをして待つ猛禽達の沈黙に相違ない。いずれはその磨きあげた爪を、嘴を、めいめいに煌めかせながら空に向かうに相違ない。誰もが不要に怒鳴らないように、冷静さを失わないように努めている。何故かというに、その不要な刺激が仕事に向かうにあたってモチベーションとパフォーマンスの絶妙な均衡を崩してしまうことがままあるから。大きなプロジェクトに然るべき緊張感を持って臨むとは、そういうことなのだ。


 芝生を横目に歩きながら、コイントスから飛んできた質問はこうだ。


「二機目は結構、強引に仕留めたようだけど」


 僕の答えはこう。

「三機目が体勢を立て直すまでにあと二・五秒はあった。その間に一掃射は出来るから」


 ついでに付け加えるなら、


「外れたとしても、その時は回避して次の機会を狙えばいい。いざという時はあなたもいたわけだし」

「俺を当てにしていたと?」

「チームだからね」

「全くその通りだ。正しい判断だ、合格だ」


 皮肉ではなく、コイントスは評価してくれたようだ。チームに気を配れと言われた矢先なのに、一人の力でやらなければ不合格なら、最初からそんなチームはお断りだ。違約金を払ってでも抜けたほうがいい。幸い、彼もそれは理解しているようだった。


 どんな組織でもそうなのだけど、外部から来た人間も、平の会社員も、必ずどこかで相手のことを評価している。賞賛もしているし罵倒もしているのだ。そしてその評価は無視をすれば消える類のものではない。特に重要度の高い仕事……命だとか、高額の金だとか、そういうのがかかっている場面でこそ慎重に取り扱うべきファクタだ。

 奇妙なことに絆とか呼ばれるものを強調する連中こそ、これらの評価を蔑ろにする傾向が強い。聞かなかったことにすることが多い。そして最も多いのが、口に出すことそのものを禁じる連中。この手合いは、「聞かなければなかったことになる」という信仰に驚くほど敬虔だ。


 コイントスと軽い反省会をしながら喫煙所で煙草を消費していると、スカーフェイスがやってきた。彼はあいさつをしながら煙草を取り出す。誰も彼の煙草に火を点けようとはしなかったし、彼もそれを咎めなかった。そういうのが求められない職場ということだ。


「聞いたぜ、三機撃墜だってな」

「うん」

「チームの評価にも繋がる。ありがたいね」

「あそう……」

「やっぱりお前、シラユキなんじゃないのか」

「僕は僕だ」

「まあ、そうなんだが。ジェイク、後で報告書はもらうが、お前の感想はどうだ?」


 ジェイク、というのがコイントスの名前だと思い出すのに、しばらく掛かった。忘れていたとわざわざ報告する意味もないので黙っている。ガトーの質問に彼はやはり簡潔に答えた。


「少なくとも戦力にはなります。恐らくこのチームでもトップクラスの」

「じゃあ問題ないな。次の作戦にはお前も参加だ」


 予想はしていたし、シマ・ロッカの予言通りだったけれど、僕は身を乗り出さずにはいられない。


「やっぱり、あるんだ。そうじゃないかと思っていたけれど」

「ああ、今日の午後のブリーフィングで情報解禁だが、まあこのくらいのフライングは問題ない」

「シラユキ、機体はあのままで行く?」


 ジェイクは背が高いが、ガトーに比べるとさほど差はないはずなのに、細身に見える。金色の髪をラフに短く刈っている。そういえばいつか見学に行った会社の男は、彼より背が低かっただろうか。思い出せない。


「特に問題がなければ。客観的に見て、僕に向いていないとか、もっと向いている機体とかはある? いや、次の作戦はクーガーで行くけれど。もう習熟する時間が惜しいから」

「分かった。いや、俺からは特にない。リーダ?」

「俺はもとよりそうだと思っている。もう書類上では、お前はクーガーで行くことになっている」

「分かった」


 それから三人で軽く飛行機についての談義。テンロウ乗りがチームに多いのは、やはりガトーの意向らしい。自分に合った機体を見つけるまでの繋ぎということだが、確かにあのコクピット周りの装甲や安定した上昇性能、機体剛性は、生き残るにおいて重要なファクタには相違ない。分隊行動をするにあたり、同じ機体が揃っているほうが何かと都合がいい。


 例えば速度などは無理に巡航速度を合わせようとすると燃費に無駄が生じる。ガトーは機体を変える際には、その辺りの無駄と帳尻が合うかを考えて転属などを提案するらしい。リーダというのは権限も増えるが仕事も増える。


「面倒な仕事だ」

「その分、給料はいいがな。言ったら何だが、お前らより数段良い暮らしをしてるし、良い酒を飲んでるぜ」

「そうでないなら同情するところだよ」


 半ば本気でそう応じたところで、来客。


「シラユキさん」


 事務員の制服を着た女性が、僕の姿を喫煙所の中に認めて歩いてきた。嫌煙家の中には煙の中に入ることも極端に嫌がる人間が多いけれど、自動車の排気ガスには、不思議と平気な顔をしているのは、僕が未だに疑問に思うところだ。ともあれ、彼女は特に気負う様子もなく近づいてくると、


「お電話がありました。至急とのことで……ここにいると思いましたので」


 どうも彼女は僕のことを見知っているらしいが、遺憾ながら僕の記憶に彼女の情報がない。少なくとも顔見知りではあろう。


「電話? 誰から」

「ミモリ・ロッカ様と名乗っていました」

「今、つながっている?」

「はい」

「分かった。すぐに行くよ」

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