9-4
「そうだね、ごめん。僕も少し混乱しているみたい」
「シラユキは自分がどうしたいかで進路を選ぶべきだ。会社が困るからとか、知り合いが困るからとか、そんな理由で進路を決めたら後で絶対に後悔する」
やはりミモリはシマの孫だ。言うことがよく似ている。この善良さは経営者としてマイナスの資質のようにも感じるけど、そうでもないのだろうか。
いや、違うか。恐らく両立する人間が希有なのだ。
「ただ、参考までに一つだけ聞かせてくれないかな」
「うん」
「ミモリの父親は軍のパイロットだったって聞いた」
「そうみたい。父さんはあたしが小さい頃に死んじゃったけど」
彼女は、今度は何ということもなく答えた。つまりこの情報は彼女にとって過去の出来事というわけだ。シマのほうがよほど沈痛な顔をしていたが、これは恐らく大人と子供の時間の流れの差だろう。不思議なことだが大人にとって一日は短く、子供にとっては長い。逆に一年は大人には長く、子供には短い。時計の長針と短針がそれぞれ別々に動いているみたいな感じだ。だから子供と大人の溝はいつまでも埋まらないし、大人になった人間はいつの間にか子供に無理解になっている。違う時間を生きているのだから、噛み合うはずもないのだ。
トーヤが機体の影から少し顔を出して、こっちを見た。表情はゼロ。つまり怒っているわけではないようで、別に顔色を窺うわけじゃないけど、続けても良さそうだと判断。
「偵察機のパイロットだったんだって」
「じゃあ、エリートだ」
「そうなの? 戦闘機のパイロットのほうが、立場が上だと思っていた」
「偵察は一番危険な場所に単機で突っ込んで、必要な情報をかき集めてくる仕事だ。素人には絶対に務まらない。一番腕が良くて、一番目が良くて、一番度胸のあるやつが選ばれる」
「そうなんだ」
褒めたつもりだったけど、彼女には特に何の感慨もなかったらしい。そんな僕の表情を魔法使いの末裔は読み取ったらしい。苦笑いを浮かべて、
「いや、父さんが死んだのは物心つく前だよ? 顔もろくに覚えていないから、そんなことを言われたって喜びようがないって」
「それもそうか。ミモリは戦争が嫌いだから、それのせいかなって思った」
「そりゃそうだけど。だからって、そこで命を掛けて戦っている人達まで否定するわけじゃあないよ。巻き込まれるのが嫌なだけ。あたしや、あたしの知っている人達が」
「そう……例えば僕が戦争に行くのを、ミモリは嫌がる?」
実のところ、訊きたかったのはこれだ。ただ後悔もする。自分で決めるしかないことで他人の印象を訊くのは逃避だ。それは相手に決断の責任を押しつけることにもなる。なのにミモリは困ったように首を傾げて答えた。
「さっき言ったのがあたしの答えだけど……そうだね、正直に言えば行って欲しくない。死んで欲しくない」
僕は今度こそ彼女への敬意を自覚する。ミモリは今、僕の責任全てを背負うことになりかねないのを覚悟の上で応じた。僕はだから、正直に話す。
「死なないとは確かに言えない。でもそれ自体は悩みの理由ではないんだ」
「じゃあシラユキが迷っている理由は何かな」
「それがよく分からない」
戦うことが怖いのでないのは確かだ。僕の躰が戦いを求めているのはこれまでの経験でよく分かった。恐怖心もない、そこにあるのは高揚感だ。
それをミモリに話しても、彼女は決して僕を野蛮人扱いはしなかった。彼女がそうであることは僕には意外であり、何故か誇らしくもあった。むろん、戦争を嫌う彼女にも正しい理屈はあるはずだ。
「でも、身近な人がいなくなるのはさ……嫌なもんだよ、やっぱり」
「そう……」
聞くべきことは聞いただろう。ここから先、舵を何処に向けて切るかは僕自身の判断で行わねばならない。
しばしの沈黙。トーヤが扱う発電機だけが空気を震わせている。
「そうだね」
ミモリが不意に呟く。
「シラユキ、やっぱり一個だけ確認していいかな」
「何でも」
「記憶、いつから戻っていたの?」
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