8. エースのシラユキ

8-1

 艦長が好意的になったからだろうか。僕らは丁重にもてなされた。来た時みたいに銃を突きつけられることもなかった。別室は革張りのソファとテーブルがあり(どちらもネジで厳重に固定されていた)、タンブラーに入ったコーヒーも振る舞われた。見張りがいることを除けば厚遇であると言ってよい。ミモリがどのくらい待てば良いか、女性士官が辞する前に訊ねた。風向きや企業の監視、ルートの選定もあるため、三十分は待ってほしいとのこと。


「思ったよりしっかりした組織だね、黒の船団」

「そう?」

「見張りも女の人」


 言われてみて初めて気づいた。そうか、もしかしてこれは気遣いなのか。


「万が一がないようにあちこちで気を配っている。船内に入るとこんなもんなんだね」

「こんなもんって?」

「黒の船団にはいろいろと黒い噂がある。ジョークじゃないよ」

「黒って言われているから黒い塗装をしているのかと思ったけど」

「黒い塗装の時もあるらしい」

「あそう……」

「ただ、その姿を見た機体は結構な確率で撃墜されている」

「撃墜されているのに、姿を見たものがいたって分かるの?」

「一つには無線。所属が分からない航空艦の姿を見たっていう情報を最後に途切れていることがたまにある」

「うん、それは分かる」

「次に撃墜されても一〇〇パーセント死ぬわけじゃない。救助されて、その時に所属不明の航空艦を見たという人も結構いる」

「乱暴なことをしているね。まあ、そのうちの何パーセントかは本当に企業の所属なんだろうけど」


 エンブレムが見えず、識別が出来ないなんて昔からある話だ。


「だから、黒の船団だって確定した時に、あ、これはさすがにやばいかなと思ったんだけど。何とか降りられそうだね」

「どうかな……艦から出して、飛行中に撃墜する気かも。まだ安心しないほうがいい」

「なら、どうして今始末しないの? 例えばこの部屋に毒ガスを充満させるだけで、あたし達を始末させられるよ」


 見張りの女が一瞬、部屋の天井を見上げた。何故分かるかというと僕も見上げたからだ。そんなこと想像もしなかった。そんな知識はどこで習うのかと思ったけど、後で聞いたら映画やドラマだそうだ。


「うーん、船の中で人が死ぬのが不吉だとか」

「そんなんじゃ船乗りなんかになれないでしょう」

「そうなの?」

「航空艦勤めの経験がある知り合いはいる」


 航空業界で働いているなら、一人や二人はそういう知り合いも出来るだろう。僕にもそういう知り合いがいたのだろうか。まだその人は生きているのだろうか。


 航空艦の乗務員は、例えそれが戦闘艦であっても、戦闘機乗りよりは死ぬ確率が低い、と言われている。不思議なのは航空艦が戦闘や事故で墜落して大量に死ぬとニュースになるのに、戦闘機乗りの一ヶ月間の死者数が一〇〇人を突破しても、扱いの小さなニュースにしかならないこと。もっと理解出来ないのは、自動車の交通事故の年間死者数はそれより遥かに多いはずなのに、皆、戦闘機は人を殺すための乗り物だと思っていて、自動車は妙にありがたがるんだ。その意思もないのに人を殺せる機械なんて、爆撃機よりおっかないと思うんだけど。


 もちろんそれがなくては生活が成り立たない、というのは理解出来るけれど、それならそれでルールの周知と訓練をもっと徹底しないのは何故なんだろうか。交通事故の多くはルールの軽視によって発生する。


 そんなことをぼんやり、コーヒーを味わいながら考えていたら、扉が開いた。言われた時間よりずいぶん早いなと思ったけれど、入ってきたのは明らかに別の用事を持った人間だった。


 短めに揃えた黒髪。


 色が抜け落ちたような白い肌。


 切れ長の目の中の黒瞳。


 僕を射貫くように、それが真っ直ぐに突き刺さるんだ。


 彼女は、あの時とはまるで違う攻撃的な様子、つまり「これからお前をぶっ殺すけど覚悟はいいか」とでも言いたそうな雰囲気で、そのくせ敵対的では決してなく、室内に踏み込んできた。後ろにあの女性士官がいることから、これは正式な面会であることが分かる。でも多分、毒ガスより危険な相手かも。


「お久しぶりです。何ヶ月ぶりかは忘れましたが」


 僕はタンブラーに口を付けたまま、ひらひらと手を振った。

 ミモリが目を白黒させて、彼女の名前を口にする。


「ヘルガ・ヴァーリ?」


 セントラル爆撃の後、空港で出会った、白いワンピースの女だ。


 今、彼女が着ているのは上品なワンピースじゃない。


 飛行服だ。

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