7-6
「成る程。さっきの着艦は見事だった。ブリッジから見ていたが」
ブリッジ・クルーか。下手をすると艦長かも知れないな。思っても口に出さない。
「しかしリスキィだ。どうしてあんな真似をしたか聞いても?」
僕は正直に、さっきミモリに言ったのと同じ説明を話す。彼はそれに対して納得の顔を見せたが、やはりその疑問を投げかけてきた。
「それにしても強引な決断だ。着艦出来るという保証もなかったはずだ。その理由は?」
「第一に、戦闘機が近くを飛んでいたということは、艦載機運用能力がある航空艦だろうと検討をつけた。その予想は正しかった。次に、ぱっと見でユピテル管式の航空艦だと分かる。こんな金属の塊、とてもじゃないけどガス式飛行船では飛べないから。であれば、例えば吊り下げフック式の離発着システムがメインだとしても、緊急用の航空甲板は必ずあると踏んだ」
「それにしても、あの強引な着艦はないだろう。例えば艦の横に張り付いてやり過ごす方法もあったはずだ」
「艦の周囲は乱気流で覆われている。こんな航空力学を無視した空飛ぶ理不尽、横腹についたら、フレガータみたいなパワーのない機体が安定して飛ぶのは難しいよ。そして僕らの後ろの戦闘機乗りの腕が良いのは、気づいた時には後ろ下に潜り込んでいたことからも明らかだったし。ぎりぎりまで接近されて、艦への誤射の危険がない位置から撃たれて終わりだ」
僕はぱっと手を開いてみせた。パフォーマンス。ミモリの真似だ。誰も反応しなかった。まあ、意味があってやったことじゃない。
「それにしても艦に突っ込んでくるのは予想外だ」
「戦闘機から逃げるのが無理だっていうのは、さっき言った通りだけど」
「そう、だが対空機銃が、背後に艦載機がいることで無効化されていると分かっていても、なかなか出来る度胸じゃない。第一、戦闘機の機銃で航空艦に穴が空くわけがないんだから、後ろから撃たれるって思わなかったのか」
「航空傭兵ならば」
煙草がいい加減欲しかった。煙草を取り出そうとして、止められる。舌打ちしながら続けた。
「航空傭兵なら、絶対に母艦に向かっては撃たない。そういうルールが契約書に必ず載っている」
「詳しいな。お前は傭兵なのか?」
「違うよ、郵便飛行士だ。今は」
「フムン。では昔は?」
「秘密だ」
「では、もしこの艦が企業の航空艦だったなら? 傭兵のルールは通用しなくなる」
「企業軍の戦闘機乗りなら、なおさら母艦に向かって絶対に撃たない。傭兵は自棄になったり、うっかりで撃つことはあるかもしれないけど、それがない」
「何故そう言い切れる?」
「始末書が怖いから」
一瞬、その場が静まりかえり、次の瞬間にそこにいた人間の大半が笑い出した。ミモリまでもが。当たり前のことを言っただけなんだけど、そんなに面白かっただろうか? まあ定番のジョークだから、当然といえば当然か。
「OK?」
僕はネタが尽きたのでこれで出番は終わりだ。ポケットに手を突っ込んでリラックスする。
「最後にもう一つ。うまいことアレスティング・ワイアに引っ掛けたな。あれは見事だったが、ワイアが張られていない可能性は考えなかったのか?」
「艦載機が近辺を飛んでいるなら、ワイアは用意しているだろうと思った」
「ふむ」
「というのは後付けで、正直に言えば機体を壊してでも着艦するつもりでいた。死ぬよりかはましだから」
男は頷き、
「OKだ」
ところがミモリがやや不満そうな顔で僕を睨んでいた。何かまずいことをしただろうか? そう思っていると、
「約束通り、すぐに解放する。こちらの準備が整うまで別室で待機していてくれ。機体もスタンバイしておく。コーヒーも出さずに悪かったな」
「いいえ、ありがとうございます。……それで、すいませんがもう一個お話があります」
やや低くなったミモリの声が提案する。男は目を瞬かせて彼女を見た。
「何だ?」
「悪いんですけど人払いを。五分で済みます」
「あん?」
彼が女性士官に視線を投げると彼女が頷く。もしかしてこっちが艦長かな、と思ったけど、
「ボディ・チェックは済ませていますので、大丈夫です。彼女が格闘技の達人でも、艦長の体格なら五分くらい保つでしょう」
「酷い言われようだと思わないか、なあ」
どうやら男が艦長ということで間違いないらしい。彼は了承し、僕は兵士達とそぞろ歩いて室外に。扉の側でミモリが出てくるのを待つ。まあ、五分じゃあ危ない目には遭わないだろう。そもそも彼女からの提案だし。隣にいた女性士官に訊く。
「ここ、喫煙所はある?」
「ありますが今回はご案内できません」
「あそう……じゃあ、戦闘機は見られる?」
「機密です」
会話はこれで終わり。どうやら彼女は必要以上のことを喋らない質らしい。僕も訊きたいことは今ので全部だし。
窓の外をじっと見ていると、僕らを追い回したのと同じ型の戦闘機が、翼を斜めにしてパスしていくところが見えた。船の周囲を飛ぶカモメみたい。潮風は嫌いだけど、あの幅広の翼とそのコントロールには目を奪われるのだ。
少し頭痛がする。さっきまで自分が話していたことを反芻しようとして、その大半が思い出せないのだ。気にするほど重要な内容じゃあなかったと思うけれど……煙草があればもしかしたら思い出すかも。代わりにコーヒーでもいい。
そんなことを考えていたら、室内からさっきよりずっと大きな笑い声が聞こえてきた。『艦長』のものだ。僕らが出て行って三分も経っていないと思うけど、何を話しているのか。
女は何も話さない。すぐに扉が開き、いくぶん棘の取れた顔をしたミモリと、笑いの余韻が残る表情の艦長。
「何を話してたの?」
「秘密」
彼女は悪戯っぽくほほえんだ。何だかこの船の上では秘密だらけだ。まあ自由船団とやらがそもそも秘密の塊なので、これは空飛ぶ秘密基地なのだろう。そんなに秘密にしたければ倉庫の奥にでも大切に仕舞って、空に出したりしなければいいのに、と思う。それとも目に見える秘密の箱のほうが、人には魅力的に見えるように、この艦もそういう目的、何かを人々に知らしめるために空に浮かんでいるのだろうか。派手派手しく飾ることだけが宣伝じゃない。
「いや、いい話が出来た。楽しかったぜ。準備が出来るまで兵士の案内に従っていてくれ」
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