7-5

 魔法使いの末裔のターンだ。背後を取られていたけど、根気よく回避行動をとり続けて攻撃の糸口を見つけた。マニューバで言うならスナップ・ロール? それともヨーヨーだろうか。


「私たちは今、荷物を積んでいない。フリーです。つまり、機体の航続距離内であれば、あなたたちの指定する街や方向に飛べます」

「つまり?」

「いくらあなたたちが『船団』でも、地上に拠点を持っていないとは考えにくい。拠点とまでは行かずとも、近隣に息のかかった人員は必ずいるはずですよね。そうじゃなきゃ隠密行動なんてできない」


 彼は肯定も否定もしない。つまり全てではないがミモリの推測が正しいのだと言える。というより普通に考えて、そうでなきゃ航空艦の運用なんて、まともに出来はしないのだ。


「あとは着陸先まで戦闘機でも偵察機でも付けてくだされば、指定の場所に着陸するまで監視が出来る。そこまでなら、黒の船団の艦載機が後を付けられるリスクも軽減出来るでしょう。そして、着陸した後も地上の人員で私たちを監視出来る。その後は他の郵便機に混ざって私たちの拠点まで特定でも偵察でもすればいい」

「その後は最低限の人員で監視が出来る、と?」

「違いますか」

「いや正しい。だがそれだけじゃ、ちと弱いな。確かに監視はしやすいが、俺たちにしてみればデメリットだ。いちいち機体や人員を動かすコストに見合うメリットがない。ここで君たちを拘束しておいたほうが、まだいい」


 僕は黙っていたけど、ミモリの体が緊張しているのは分かった。あまりわがままを言い過ぎると、今度は直接的な危険が及ぶ可能性が高まってくる。実際のところ、これは結構ハードな交渉なのだ。だからこそ、


「いえ、逆です。私たちをここに留めておくほうが遙かにデメリットが大きい」


 ミモリがこの交渉にタフに立ち向かっていることは、高く賞賛されるべき行為だ。彼女は鞄から書類を取り出す。既に中身は船員によってチェックされている。しばらく選んでから机に開示したそれには、フレガータの改修に協力した事業者のリストがあった。男が片眉を上げた。


「この機体が改修したばかりだというのは、申し上げた通りです。その改修には複数の事業者が関わっていて、機体がひとまず完成したからいくつかは引き払っていますけど、まだ工場に待機している人たちが結構います」


 引っ剥がした。シックス・オクロック。


「早く帰還しないと、これら複数の事業者に事態の説明をしないといけない。……これ、情報統制の観点からは、かなり良くない話ですよね」

「そして、どの事業者がまだ残っているかは、伏せておくわけか」


 男はむしろ愉快そうに笑う。彼の立場が少し分かってきた。おそらく艦長か、船団そのものの運営に携わる人間だろう。そうでないとこの辺りでバトン・タッチしないといけない話になりつつあるはずだ。後ろに控えている女性士官は全く表情を変えない。もしかして彼女は僕を睨んでいるのだろうか?


「早めに帰投すれば、少し休憩していた、で話が終わります。詮索もされません、昔なじみなので……。だから今、私たちを帰さないと大きなデメリットが発生するってわけです」


 とりあえずミモリのターンは終了らしい。彼女は意識的に息を慎重に細く吐いて、椅子に座り直した。それから付け加えた。


「これ、うちの機密情報なんで内密に」

「ま、いいだろう。解放については了承しよう」


 男は愉快そうなままそう告げて、


「で、だ。せっかくだから俺にも余興が欲しい」

「余興?」

「こっちはそちらの取引に応じた。それもどちらかと言えば譲歩だ、そこは誤解していないな?」

「ええ、まあ」

「ということは、だ。譲歩分の、適正とまではいかないが対価が欲しい。要するに何か楽しませてくれ」


 その言葉の意味する正確なところを僕もミモリもすぐに理解する。もちろん下世話な意味ではない。それなら後ろに控えている女性士官だって、顔色の一つも変えるだろう。他に女性の兵士だって室内にはいるのだ。


 では彼の言う楽しみは何か。


「持って回った言い方だったな、悪かった。つまり俺が知りたいのは、あの見事なコンバット・ピッチからのタッチ・ダウンはどっちがやったのかってことだ」


 ミモリが言葉に詰まる気配。

 この場合、彼女が躊躇したのは、彼らが戦闘艦の乗組員であり、恐らく既に回答を持っているということ。つまり適当な嘘はつけない。


「誤解するなよ、面白くなかったからって、前言を撤回するような真似はしない。俺は義理堅いんだ」

「面白い冗談です」


 女性士官がぼそりと言って、周囲の兵士が失笑する。先程までの緊張した空気が緩むけれど、さてどうしたものか。ミモリもそれには惑わされない。どだい、相手は企業に属していない不正規軍で、口約束を守る保証もないし、よしんば守ったとしてもその後の不利益が発生する可能性を考えれば、嘘をつくのは賢明とは言えない。


 まあここらが妥協点か。そもそも後ろの見張りにはさっき、僕達の会話を聞かれているし。


 観念して僕は口を開いた。ミモリが僕を制止するようにみたけれど。


「僕だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る