7-4
その後軽く状況の整理を行っていたところで、扉が開いた。
入ってきたのは壮年の男性。体格は良く、狭い航空艦の中ではいかにも窮屈そうだ。帽子からするとそれなりに階級は高そうだけど、胸元に勲章とか階級章の類は見受けられなかった。そんなことより、後ろから髪を後ろでまとめた線の細い女性士官と、三人ほどの武装した兵隊が続くのが気になる。
彼はどっかと椅子に座ると、デスクにカードの類をどさりと置く。
「まずは君たちの身分証明書とかだ。抜けはないと思うが、念のため確認しておいてくれ」
「そう言うなら、取り上げる時にリストを作成しておいてほしかったです」
ミモリが書類を確認しながら皮肉。少し攻めすぎじゃないかと思ったけど、僕は黙って自分のものを回収。
「とりあえず、君たちが正式に登録した郵便飛行士だというのも、偶然ここを通っただけというのも、嘘じゃないと俺たちは判断する。この数の書類をわざわざ偽造して、この辺りにいるかどうかも分からんこの艦を探していたとは到底思えないしな」
「それはどうも。あ、名乗りは必要ですか?」
「名乗られたらこっちも名乗り返さないといかん。お互いあまり愉快なことじゃないだろう。そもそも書類でその辺は把握している。俺たちはな」
「確かに。それで、処遇はどう考えてますか」
「もちろん無事に帰す。機体や荷物も含めて。基地局と通信している形跡もないしな」
あの時、すぐに通信機をオフにさせたのは無駄じゃなかったようだ。こんな軍艦、通信傍受の設備も整っているに決まっている。
「すぐに?」
「それはこれから確認するところだ。別にすぐに放してもいいんだが、向かう方向とか、まあ、いろいろと考えないといけない」
「黒の船団が居場所を知られるのはまずいですからね」
「何だ、気づいてたのか」
「船体や甲板のどこにも、企業のマークがありませんでした。普通はこれ見よがしにでかでかと貼ってありますよね」
「案外抜け目のないお嬢さんだな。さっきの強引な着艦は君か?」
「さあ? どうでしょう……」
僕はさっきから煙草がほしくてそわそわしていた。ミモリと男の会話にさほどの興味もなかったけど、知らない単語が出てきたので確認だけすることにした。
「黒の船団って、何?」
少なくとも、この艦は黒ではなかった。迷彩を施した立派な実用艦だ。
「そっか、シラユキは知らないか。どこの企業にも所属していないって噂されている、謎の航空艦の船団のことだよ。神出鬼没」
「ありそうな話だね」
「我々は自由船団と名乗っているんだがね、周囲からはそう呼ばれているようだ」
企業に所属していない、ということそのものがこの世界では珍しく、僕は理解できないものを初めて見る顔そのものだったと思う。
「何の目的で?」
思わず口を挟むと、男はしかつめらしく答えた。
「機密だ」
「まるで企業みたいなことを言うね」
愉快そうに笑う男。これ以上、僕が余計な口を挟むと、ミモリの交渉に差し支えるかと思って、あまり喋らないようにしようと決意。僕の意図を汲んだのか、ミモリが代わって口を開く。
「正直に言えば、黒の船団はあまり民間受けは良くないですけどね」
「そうなのか」
「というよりあたし達、郵便飛行士にですね。あなたたちの出現が報告されると、大抵その近辺の空域が、数日飛行禁止になるんです、地域を支配する企業の命令で。そうするとあたしたちの空路が変更になる。余計な仕事が増える」
「なるほどなあ。まあ、こっちも仕事でやってるんだ、悪く思うな」
「悪印象は拭えないですね……ともあれ、私たちの希望は一つで、今更言うまでもないことなんですが」
「まあ、そうだな。すぐにでも厄介ごとから遠ざかりたいという気持ちは理解出来る」
「便宜を図っていただける?」
「少し厳しいな。少なくとも今の作戦が一段落するまでは無理だ」
「そこを何とか。うちの会社は人が少なくて。飛行士は私とこの子だけです。うちの機体も改修したばかりで、経営がカツカツです」
「気持ちは分かる。たとえば金銭での保証はどうだ?」
いきなりお金を提案してきた。まあ妥当と言えば妥当だろう。企業の威光に頼れない人間らしい合理的な考えだ。
「その場合、即答しかねるのが本音です。私は多少、経営に口を出している立場ですけど……留守の間の損害額とか、きちんと算出しないといけないので」
「十分な金額を払おう」
ロッカ社の経営は当然ながら楽観視出来るものではない。大規模な機体改修と、やや長期の実質的な休業。シマは多少の財産運用で利益を出しているらしいが、それだってただの時間稼ぎだ。お金は少しでもほしいところだろう。けれどミモリは首肯しない。
「解放時の即金ですか?」
「いや、後日の入金になるな」
「それだと少し厳しいです。あなたたちはどこの企業にも所属していないんですよね? 支払いの保証が覚束ない」
「ある程度の前金は出す。少なくとも信用に足るだけの金額を」
「もう一つ。損害額は結構な金額になるので、おそらくあなたたちは正規じゃないルートでの入金をしたいですよね」
「そうだな」
男はにやりと笑った。少しだけ身を乗り出したのが分かる。ミモリの話をひとつも聞き逃すまいという構えだろう。
「それだと、入金後に『何故、うちの会社にそんな大金が入ったのか?』が、どこかから問題視されるリスクがある。これは金銭では解決出来ない問題です」
「その場合、他の企業から監査でも入ったら、うちに不利になると? だがそのときには、俺たちの作戦は終了して撤収しているな」
「困るのはうちの会社だけですね。だから納得できないんです」
「道理だ。それで?」
「話は本当に単純です。私たちを早期に解放しないと、あなたたちのリスクになる」
「利益にならない、ではなく?」
「その辺はあとでお話しましょう。とにかく私たちの戻りが遅くなると、『どこで何をしていたのか』から、あなたたちがこの空域にいたことがばれる可能性が出てきます」
「筋は通ってる。しかし幸いにして……そっちにしては不運にも、今はテスト飛行中だそうじゃねえか。郵便物を運んでいるなら
つまり本当のことは言えない。そして、僕らを解放する時には、既に彼らは離脱の準備を整えているから問題ないというわけだ。
「俺たちのリスクは最低限に抑えられると、俺は考えるが?」
当たり前だが、相手の中では既に結論を用意しているようだ。ミモリが決然と顔を上げた。これは彼女のスロットルがミリタリーに入ったことを示す。
「いいえ。今すぐの解放なら、かえって、私たちからの情報漏洩を防げます」
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