6-8
車で駅まで送ってもらえることになった。
オープンカーの車上、煙草が喫えないことだけが不満だったけれど、概ね順調なフライト。
空は曇天。雨はまだ降らないだろう。
上空の風はどうだろうか。天気予報を聞いてなかったな。こういうところは、飛行士としてまだまだだと思う。ミモリという少女の偉大さを思い知る。
「今日のことは、まあ一応問題ない範囲に収めたが、なるたけ口外しないでくれると有り難い」
「もちろん」
サングラスをかけたイグナートがハンドルを握っている。
彼も恐らくはパイロットだろうに、地上では案外と安全運転。
スポーツタイプだし、もっとスピードの出る車だろう。まだまだエンジンに余裕がありそうな周波数。
グリップはしっかりしてるし、カーヴのたびに体が振られることもない。吹き上がりの時に少しの気遣いも見えた。
腕のいいパイロット。それだけは間違いない。
「ここまでは何で?」
「バスで」
「ああ……この辺は一時間に一本、あるかないかだし、よく時間も遅れるからね」
「感謝してるよ」
「恩に着せているつもりはないが……ま、ここは貸しにしてもらおうか」
屈託なく笑うので、僕も軽く愛想笑い。
それなりに紳士なのだろう、彼は僕が乗る時にドアを開けてくれたし、明らかに二人乗り用の操縦もしている。そういう配慮が必要な立場なのだろう。下らないとしか思えないが、彼の心配りを無碍にするつもりもなかった。煙草が喫えないのはちょっと困るけれど。
「あ、止まって」
「ん?」
遙かな高みに、また一点の曇りを見つける。
彼は気を利かしてエンジンを切った。音はまだ聞こえない。そもそも航空艦というのは、低速時に音が静かという利点がある。
「随分低い位置にある」
「企業の航空艦か」
「形状からして……あれは」
「分かるかい?」
「空母じゃないってことくらいは」
「まあ、そうなんだが……最近のは、別の艦種でも何機か積めるからなあ」
特に興味もなく、シートを少し倒して僕はぼんやりと蒼天に視線を彷徨わせる。
鳥はいなかった。季節の問題だろうか。それとも航空艦が空にいると、自然と避けるものなんだろうか。ありそうな話だ。ユピテル管の技術は企業の最高機密で、民間には降りてきていない。どんな害が隠されていたっておかしくはない。
誰だって空を飛び続けることは出来ない。どこかの段階で地上に降りて補給と休息を受ける必要がある。
企業の空中空母なら、空を飛んだまま休めるかも知れないけれど、空母だっていつかは地上で補給を受けないといけない。それが数時間から数年だか数ヶ月だかに延びただけのこと。増して空母って奴は、さして広くもない船内に可能な限りの人間を詰め込んだ、狂気じみた乗り物なんだ。頼まれたって乗りたくはない。
「何であんなに低いんだろう」
「
「そういう時期なの? この前、爆撃があったばかりだ」
「本社艦が来ているわけじゃないから違うかも。偵察?」
「航空艦で偵察? 馬鹿げてる」
水溜まりを覗くのに、天体望遠鏡を用意するようなものだ。
「そうだな。でなければ、単なる地上への示威行為かも。今回の襲撃で企業への不信感は出るだろうから、健在をアピールするとか……まあ、企業人の考えることなんて、私たちには分からないさ。彼らは天上人だ」
正しく文字通りの。
「示威行為なら制圧艦を使うんじゃ?」
「本気で攻撃する艦なんて出さないだろう、仮にもセントラルは彼らの街、彼らの所有物だよ。せいぜい打撃艦くらいじゃないかな」
「じゃあ、あれも打撃艦かな」
「この距離からでは結論は出ないね」
もちろん、巡航速度の航空艦が過ぎ去るのを待っていたのでは日が暮れる。途中で見飽きて、僕達は駅へ。
道中、イグナートは僕にいくつかの質問を投げかけてきたけど、どれも当たり障りのないものだった。
列車が到着するまであと十分ほど。彼は暇な身分ではないので、僕に名刺だけ渡してさっさと走り去った。名刺入れなんて持ってないのだけど。
紙片を適当にポケットに放り込んで、僕は真っ直ぐ電話に向かった。財布を取り出して、中から別の名刺を一枚引っ張り出す。そこに書かれているダイヤルをプッシュして待つこと数秒。受付に名前と用件を告げた。最初は渋られたけれど、アポイントメントがあると嘘をついたらあっさりと確認すると言ってくれた。下らない。こんなひと言で繋がるのか。
煙草を取り出したけど、「禁煙」の文字が目に入ってため息。どこもかしこも窮屈なものだ。
やがて待機音声が切れて、目的の相手が電話に出た。
「アポなんて取ってないぞ」
「僕の名前を聞いたら、あなたは出るだろう」
「いいから用件を言え。今なら周囲に誰もいねえ」
「航空艦を見た」
「どこで」
「セントラル近く。座標は、ええと」
駅の名前を確認。だいたいこの辺りで間違いないだろう。それを教えて、
「この辺りを飛んでいる予定の航空艦はいる?」
「答えられるわけねえだろ」
「とりあえず僕からはこんなところ。セントラルの防衛任務をしているなら、この情報は必要じゃないかって」
「分かった。情報料はどこに振り込む?」
「いい。それより僕のことをもっときちんと秘匿して。それが報酬」
「何かあったか」
「いや。でも何となく釘を刺したほうがいい気がした」
「分かった。それくらいなら安いもんだ」
「ということは、今の情報はあなたにとって価値のあるものだったってことか。航空艦の飛行予定はなかったんだね。少なくともあなたの知る限り」
電話向こうでため息。
「こっちからはイエスと言えねえんだよ」
「分かった」
それだけ告げて受話器を置いた。
しばらくじっとして。
踏切の警報音がして、すぐに列車の到着がアナウンスで告げられる。
ため息と共に吐き出す。
「何してるんだ、僕」
地上にいるときに感じる。
まるでコントロール不能な自分。
翼がないからコントロールも出来ず、
ただひたすら、木の葉のように流されていく。
自分の選択肢すら自分のものではない。
僕は何故こんなことをしているのか。
自分のためか?
誰かのためか?
操縦桿を握り、スロットルを押し上げることも出来ない。
やっていることの結果がまるで見えない。
理解不能。
制御不能。
不自由な世界。
地上。
穢らわしい、地上。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます