6-2
すぐにロッカ社というか、工場に戻ってもよかったけど、久しぶりにゆっくりできる時間ができたので、さて、何をしようか、と考える。
こういうとき、ミモリならおいしい店やどこか景色のきれいな場所、他にもいろんな時間を有効活用する方法を知っているものだけど、ああいうのは普段からの情報収集がものを言うし、そもそも僕にそれほどの興味があるかというとそんなこともまったくない。
それよりもっと魅力的で素敵なものが、すぐ近くにあるじゃないか。
僕はフライト・ジャケットのポケットに手を突っ込みながら、軍用の格納庫のほうに向かう。もちろん関係者以外立ち入り禁止で、昨日僕を通したのとは違う警備員が僕を睨みつけてきた。
ここでトラブルを起こすつもりはないので、おとなしくフェンス越しに歩く。民間との交流やスポンサードをねらいにして、機体はある程度見える位置に置かれているはずだ。
あった。
結構距離がある。つまり、どれだけ足の速いアスリートが走っても、途中で警備員に捕まりそうなくらいの距離。そこにある。
昨日、僕が乗った機体。
テンロウ。
鎧騎士のような、ずんぐりとしたシルエット。
幾何学的な迷彩。きっと近くの荒れ地とこの街に合わせてのカラーリングだ。
樹脂製のプロペラと、逆ガル翼。
めいっぱいの武装を空に持ち上げるための、大出力エンジン。
着陸脚も太い。きっと重いんだろうな。
僕の知っている機体だ。この機体とはたぶん、戦ったことがある。
乗ってみるとずいぶんと重くて、特にロール系の性能に不満はあったけど、それを補って余りあるエンジン・パワーが印象的だった。
なるほど、戦術と習熟次第で強い機体だなというのが感想。どんな飛行機でもそうなんだけど。
じっくりと観察する。
古い機体だ。細かいバージョン・アップを重ねながら、もう二十年は活躍しているのに、まだ現役。生産数もトップクラスのはず。
最近は整備の技術も向上したのに、未だに空冷エンジンを使っているのも特徴と言えば特徴。とにかく壊れても叩けば直る、荒れ地でも飛べる、砂地でも飛べる。そういう機体。無骨だけど、それゆえの美しさがある。機能美とでも呼ぶべきものだろうか。
僕はしばらく、その機体を眺める。近くまで寄ることもできないし。
昨夜の男――スカーフェイスの姿でも見えないかなと思っていたけど、誰も見えず。
警備員がいつまでもこっちを見てくるので、いい加減うんざりしてきびすを返した。
と。
僕のことをずっと見ている人影に気づく。
白い人影。
つばの広い帽子も白。
ワンピースも白。
白い白い、透き通るような肌。
帽子から零れる髪だけが黒い。
襟足あたりで切っている。髪質は良さそうだから、それは少し意外だった。
「飛行機、好きなんですか?」
通り過ぎようとしたのに、その女性に唐突にそう訊かれて僕は少なからず驚く。
「ええ、まあ」
あんまり驚いたものだから、何とも気の抜けた返事になってしまう。特に愛想笑いもなし。こういうときに無闇に笑えるのって一種の才能なんだろうか? 僕にはとてもできない。
とはいえ、僕も不思議に思ったので問い返す。
「嫌いなものを眺める人っているんですか?」
「嫌いなものは見なくても、好きでも、あまり見ないものってあるじゃないですか」
「そうかな」
「例えば猫とか。冬毛から、気がついたら夏毛に変わっているでしょう。その過程はじっくり見られない」
「猫はよく知らないので……」
「あら」
目をぱちくりさせる。小首を傾げる。そのいちいちがフェミニンな動作で、やっぱりこれも僕には真似できないな、と思う。
なんとなく、白いワンピースの腕を見る。肩幅は結構広いけど、それは胸があるからかもしれない。女性の腕はもともと筋肉がつきにくいし、マッチョにはほど遠い。色がずいぶん白いけど、これは体質かな。なんだかそんな気がする。手を腰の後ろで組んでいるので、武装は見えない。
そこまで考えてちょっと笑った。武装だって?
「どうしましたか?」
「いえ、六時に回るにはどうしたらいいかなって」
彼女は微笑んだ。目は丸いまま。
「じゃあ、また」
「そうですか」
僕たちは何でもないやりとりをして分かれる。少し歩いて振り返ると、彼女もまた去っていくところだった。残念。僕は操縦桿を握っていた手を緩める。
シックス・オクロックに付かれたら、スナップ・ロールで引っ剥がしてやろうと思っていたのに。
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