5-7

 思ったとおり、着陸の難易度が一番高かったけれど、何とか地上に戻る。


 コクピットの中でぼんやりする。高まっていた内圧が抜けていく。なんだか血抜きをされる鶏みたい。


 僕はしばらく座席から、夜の空を眺める。

 ガレージへの牽引は着陸順だ。


 空港は街の他の場所より、一際照明に彩られている。人類を拒絶する大地の海を飛行する、旅人たちを迎えるために。その星々のわずかな明かりを消し去ってしまうのだ。


 だから天は暗黒。なにも見えない。月以外は。


「シラユキ」

「うん」

「降りろ。ガレージに入れる時はそれがルールだ」

「了解」


 何かの雑誌で読んだけど、空は自由なのだそうだ。でも一般的に、空を飛ぶ人間のほうが、ルールに忠実である場合が多い。空におけるルールは、もちろんそうでないものも多いけれど、基本的には死なないため、くだらない理由で墜ちないためのものだ。


 たとえば郵便連盟リーグにおける雲上飛行の禁止と同じに。


 そこまで考えて、僕は不意に思い出す。

 僕のこの一連の行動は、ミモリたちに不利益をもたらすものではないだろうか。


 今更といえば今更だけど、そんなことたった今まで考えもしなかった。


 僕はすっかりうろたえてコクピットから飛び降りると、機体横に立っていたスカーフェイスに詰め寄るような勢いで告げた。


「今夜、僕がここにいたことは、秘密にしてほしい」

「何だ、急に」

「頼む。僕の会社に迷惑がかかる」

「それ自体ははじめからそのつもりだから、まあつまり、心配しなくていいんだが」


 彼は困ったように笑う。


「どちらかというと俺が自分の好奇心から、お前を基地に入れたようなもんだからな。責任問題という話なら、それは俺のほうにある」

「そういうんじゃない、なんていうのか」

「ああ、わかってる。ライセンスも何もない人間が飛行機で戦闘をしたんだ。もしも公になったら、まずいよな、いろいろ。そこのところはちゃんと、部下にも言い含めておくし、上には俺の部下の一人が飛んだことにしておくから、お前は何も心配しなくていい」

「うん。ありがとう」


 そこまで聞いてひとまず安心する。とにかく、まだ降りているかどうかも知らない保険金の問題とかがある。フレガータの改修作業はもう後戻りできないところまで進んでいるし、ここで保険金の返還なんてことになったら、それこそ大変だ。


 不自由な地上。降り立った途端、僕の肩の上にさまざまな種類の重力が夏の湿度のようにまとわりついてくるんだ。


 僕は煙草を取り出した。

 が、燧火を忘れたことを思い出して舌打ち。


 スカーフェイスが僕に、ライタを投げてよこした。

 円筒形に四角い箱がくっついたような形。オイル・ライタだ。


「使ってよし」

「ありがとう」


 戦闘直後の滑走路の慌ただしさ。発動機がぶんぶん鳴り響く中で、僕は煙草に点火。オイルの甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 ライタを返して一服するとようやく冷却が効いて、僕の頭がクリアになる。自分で、ずいぶんと混乱していたな、と自覚を得る。


「お前、もう出たほうがいい。ゲートには連絡しておく。お偉いさんがここに来ることは、まあ、ないんだが、念のため」

「わかった」


 僕は煙草をくわえたまま歩き出して、すぐに彼に呼び止められた。


「今回の戦闘の報酬だけど、何とかして払うようにしておく。送付先はお前の会社でいいか?」


 僕はきょとんとして振り返る。紫煙が、僕の顔の動きに遅れてついてくるのが見えた。


「あれ、あなたは僕の会社を知っている?」

「知っているんだよ、馬鹿」


 どうだったろうか。僕は小首を傾げた。


 もちろん会社に送られるとまずいので、最寄りの郵便局に現金で送るように指定した。

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