5-5

「何人集まった?」

「スカーフェイス、六人です」

「よおし、俺も入れて合計八人だな、夜間戦闘機は残ってるのか?」

「いえ、もう全部出しました。八人?」

「別の部隊のパイロットを拾った。こいつも一緒に飛ぶ」


 僕を親指で示す傷の男。スカーフェイスというのがコードネームか。そのままだ。


「ええと、コードネームは」

「シラユキ」


 僕はこともなげに言う。


「よし、シラユキ。緊急にお前はスカーフェイス隊に入る。俺がリーダ、お前は俺のウィングマンを務めろ。他の部隊の奴を入れる時は、それがルールだ」

「了解」

「野郎ども、飛ぶぞ、準備はいいか!」


 威勢の良い答えが返ってくる。こういう空気は正直苦手なのだけど、僕は気にせず平服のまま飛行機に駆け寄った。着替えている時間はない。もちろん、あらゆる会社での服務規程違反だが、僕がここにいること自体が何もかも違法だから、この際関係はない。


 単発、重戦闘機。名前はテンロウ。文句はない。良い機体だ。


 機体外部を手早くチェックしてから、落下傘だけ背負い、コクピットに滑り込む。マニュアルはないけど、飛行機の操縦なんて画期的なものが開発されない限りは変わらないものだ。その認識が相違ないことを目視で確認。ひとつ頷くと、シートにゆっくりと身を沈めた。


 と同時に、どうやら僕の中で休眠していたたくさんの回路が、次々と火花を挙げながら繋がるらしく思える。


 血流が、感覚が、今までの僕にはまだ十全に行き渡っていなかったらしく思える。


 全てが繋がる。


 全てが流れ出す。


 まるで点け忘れたランプにスイッチを入れたように。


 帰ってきた。


 そう感じる。


 ただいま。


 僕はうっとりと微笑。


「ヘルメットです」

「ありがとう」


 整備士が差し出してきたヘルメットを受け取る。少しだけ他人の臭いがしたけど、この際贅沢は言っていられない。酸素マスクは毎回、新品同然にぴかぴかに磨き上げられる決まりだから、文句もない。といっても、今回はそこまで高く上がるかどうか。


 すぐさまスタータがシャフトに差し込まれ、エンジンが発動。軍用機はこういう時に恐ろしく早いんだ。


 震える機体。

 僕が目覚めていく。


 ベルトとマスクを点検。通信機に男の声。スカーフェイス。


「通信はどうだ?」

「良好。そっちは?」

「良好。よし、行けるな。全員、聞け。夜間だし、都市部だ。サーチライトから離れるなよ。こっちは昼間用の戦闘機だ」

「関係ない。これだけライトが焚かれていれば昼間と同じだ」


 僕は呟いたが、通信機のスイッチは押していない。リーダの方針に口を出すべきではないからだ。


 僕は計器類を掃くように一瞥。どれも代わり映えのないもの。数値が正常な値を記しているかどうかは、飛んでみないと分からない。


「目標は敵爆撃機だが、その前に市街上空の護衛戦闘機を排除する。制空権を取り返さないと話にならんからな」

「街に墜ちるなよ。墜ちるなら郊外まで飛べ」

「スカーフェイス、これって残業手当になりますか?」


 交錯する若い声。それに傷の男とは別の声が応えた。


「いや、緊急出撃の手当が……お前そんなことも知らないのか?」

「攻撃機がこっちに来ないうちに上がろうぜ」


 言っている間に、機体が次々とタキシング。僕も倣ってブレーキを外す。前進。

 ぐん、と躰が引っ張られる。この地上の一瞬の加速で、テンロウのパワーを思い知る。少しだけ喉が渇いたが、空に上がれば具合はよくなる。


「こちらオペレータのストレイドッグ。スカーフェイス隊、六番滑走路に向かってください」


 女性の声。恐らくタワーに詰めている戦闘会社のオペレータだろう。


「スカーフェイス、そちらのチームは何人集まりました?」

「何しろ緊急だ。俺を入れて八人だな」

「緊急にしては多いですね。――まあいいです。直ちに離陸してください。電探に第二波の機影があります。彼らが来る前に制空権を取り戻すことが、あなた方の任務です。今、上を飛んでいる敵機を駆逐してください」

「スカーフェイス了解」


 離陸は速やかに行われた。僕も初めて運転した飛行機なのに、うまい具合に出来た。もともと、飛行機にとって離陸とは、何よりも基本的で簡単な動作なのだ。一番難しいのは、もちろん着陸。飛行機は飛ぶためのものであって、地面に降りるためのものではない。


 僕はこっそりとスロットルを絞る。上昇中の失速限界を確かめたかった。機体が震えるバフェットを確認してすぐ戻す。スカーフェイスは何も言わなかった。気づいていなかったはずはないだろう。


 とりあえずいい。テンロウは重い。上昇と下降こそが本分のはずだ。実際、かつて僕が戦ったテンロウも、型番までは知らないがそういう戦い方をしていた。今はもっと性能がよくなっているに違いない。


 それにしても、と自分に笑いたくなる。僕は何をしているんだろうか? まるで当たり前のようにコクピットに座っているけれど、スカーフェイスがその気になれば、僕を警備に突き出すことだって出来た。そうしたら恐ろしく面倒なことになっていただろう。


 でも、まあ、いいや。


 それにしても、テンロウの上昇は素晴らしい。仰角七〇度は行っているのにこの安定感。なるほど、名機と呼ばれるだけのことはある。パワーがまるで違う。


 トレイル編隊でまっすぐ連なり、僕達は街の夜へと出撃する。

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