5-4
夜。
自分の躰がまず反応して、それから頭が、何に対して自分が反応したのかを理解するということが、僕にはあった。今回もそうだ。
蹴飛ばしたシーツを一瞥して、待つ。二秒。
来た。
かたかたと窓枠が揺れる。
服のまま寝ていた僕はベッドを飛び降りて靴に足を突っ込んだ。上着を掴んで外へ。
外は空港で感じた暖かさが、既にひっそりと眠りにつき、息を潜めている。時計を見ていなかったが、夜更けだ。僕は夜天を睨みつける。街、特に都市部の上空は星が見えにくいが、僕の目には関係がない。
まず音。
それから硬質の宝石の星々を、秘密裏のうちに懐に仕舞い込んでいく下手人を目にする。
四機。でもそれだけじゃないはずだ。
僕はさらに目を凝らす。まだ遠い。でも僕は通り道にいない。やがて音に気づいた人々が、窓窓に明かりを灯す。周囲は喧噪を取り戻しつつあった。
サーチライトが夜気を切り裂いて焚かれた。遅い。これではとても間に合わないだろう。
すぐさま通過。僕は飛来音がないことを確認して、急速な覚醒に戸惑う街を駆けた。大通りに抜ける。さすがにここは物流がまだまだ夜更かしをしていると見えて、ヘッドライトの海が闇に慣れた僕の目を射る。車の人々も音に気づいたのか、路上に車を止めて窓を開けていた。
タクシーを捕まえようと思った矢先、具合のいいことに渋滞の隙間を縫って走るバイクを見つける。行き先は空港。
爆撃機が向かった先に走っていく奴なんて、軍関係者かマスメディアのどちらかだ。フライト・ジャケットを着ているから前者だと見込みをつけて、僕はその二輪車の前に飛び出した。もちろん距離は空いている。かれに向かって大きく手を振る。幸いなことに車の隙間を器用にカーヴしながら抜けていたかれは僕に気づいてくれた。目の前で停車。
「軍関係者か?」
ヘルメットの中から声。体格で分かるけど男だ。
「そうだ」
僕は応えた。
「……ふん、まあいい。空港へ?」
「頼む」
「乗れ」
すぐに僕は後ろに飛び乗る。法律違反のはずだが、今は緊急事態だ。ヘルメットもない。
後輪をスピンさせてスタート。
腹の奥に響き渡る発動機の頼もしい轟音。
僕は煙草の匂いがする背中にしがみついた。
「掴まってろ」
「気にしなくていい」
排気音と共に渋滞を抜けていく。思ったより開いている店は少ない。イミテーションの宝石の輝きを後に、疾駆。そんなものより、僕は空に注視。たった四機の爆撃機で終わるはずがないからだ。
「爆音」
「聞こえた?」
エンジン音に紛れての呟きに答えるけど、僕の声が届いたか自信はない。ただ、大きな、大気そのものを震わせる爆音だけが僕らの共通の言語だった。
僕は掴まる腕をそのままに、何とか首を捻って後方を確認しようとしたが、
「落ちてえのか、掴まってろ!」
怒鳴られたのでおとなしく前方を向く。
程なくして空港に到着。既にサイレンが五月蠅いほどに高らかだ。
意外と被害は少ない。僕はヘルメットを外して走り出した男の後を追う。彼が関係者以外立ち入り禁止の金網のキーを解除したのに乗じて、何ということもなく侵入成功。そこはショートカットの通路だったらしく、警備員の何人かとすれ違ったが、男の姿を咎めるどころか寧ろ敬礼をして急かした。結構、上の立場の人間を拾ったのかもしれない。
やがて格納庫が見えてくる。そこで男はスピードを落とした。どちらも大して息切れしていない。軽く息を整えるだけで済んだ。パイロットというのはそういう人種だ。
「軍属ってのは嘘だろ」
「まあね」
あんな嘘が、そう簡単に通じてたまるものか。
「お前、テンロウの経験は?」
「ない。でも重戦闘機の経験はあると思う、――多分。滑走路は?」
「無事だな。いくつか施設は燃えてるみたいだが……夜間爆撃なんてそうそう成功するもんじゃない」
僕はごく数パーセントが赤に征服された空を仰ぐ。高射砲は健在だが機能していない。既に空港から邀撃が上がっているということか。
「でも次が来る」
「もう来てる。シャムシール――戦闘機だ。そのあと、追加の爆撃機か攻撃機が来るだろうな」
言われて目を凝らせば、上空でちょうどサーチライトに照らされる機体が、ちかりと見えた。牽引式の双発。あれがシャムシール。僕の知らない機体だ。
「多分ってのが不安だな。乗れるんだな?」
「乗れる。それは間違いない」
僕は確信をもって告げる。彼が振り向いた。傷のある無骨な顔。
「じゃあ見せてもらおうか。前に会った時から見てみたかったしな。良い縁だ」
「ええと、あなたは僕を知っている?」
「え、おい、まさか覚えてねえのか」
「何が」
僕はわからず首を傾げる。男の顔ときたら。爆撃機が飛んでいるより重大なトラブルを見つけてしまったかのように固まってしまっている。
「ああ……、まあいいや。上には俺が取り繕ってやる。死ななきゃな。すぐに上がるぞ、いけるな?」
「了解」
僕と男はそれだけのやりとりをして、格納庫に早足で向かった。既に整備士とパイロットが怒鳴りあいながら飛び立つ準備をしている。発電機がフル稼働。深夜だろうと時間なんて関係ない。彼らは常に体のスイッチをオンに出来るように訓練されているのだ。
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