第17話 化物①
(ごめん、アマ。ごめん)
パトカーの中で私は、何度もアマに謝った。
どうして、こんなことをしてしまったのだろう。大切な人が傷付けば、アマが傷付くのは当然ではないか。友人の私が誰かを傷付ければ、アマが傷付くのは当然ではないか。そもそも、大切な人を傷付けた人間をアマが選ぶはずがない。
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう。こんなこと、少し考えれば分かるはずなのに。深い後悔が私を覆っていく。
(『化物』のせいだ)
思えばあの『化物』が私の中に入ってから、私はおかしくなった。
私の中に『化物』が入って来たのは、つい最近だ。
自分が分からず、死のうとしていた私はアマによって救われた。でも、アマに恋したことによって、彼と出会う前より自分が分からなくなっていた。
私の夢の中に『化物』が現れたのはそんな時だ。
夢の中に出た『化物』は私のことをまるで観察するようにじっと見た後、私の中にスルリと入ってきた。
そして、目が覚めると世界は一変していた。
見たこともない生物が見える様になっていたのだ。
顔がいくつもある鼠、二本足で歩く猫、奇声を上げる角の生えた犬……見たこともない生物が街中を堂々と歩いていたのだ。人々はそんな『化物』達を見ようともしない。どうやら『化物』達は私以外の人間の目には映っていないようだった。
その日から、私は学校を休んだ。道にはウヨウヨ『化物』がいる。こんな道を通ることなど、出来なかった。
幸い、自分の家の中で『化物』を見ることはなかった。私は自分の部屋に引き籠り、何日も学校休んだ。
こんなこと、誰にも言えなかった。言っても無駄だと分かっていた。私が自分の『性別』で悩んでいた時もアマ以外、誰も分かってくれなかったからだ。
笑われるか、頭のおかしな奴だと思われるに決まっている。
いや、もしかしたらそれが真実なのだろうか?私は頭がおかしくなってしまったのだろうか?
『……アマ』
布団に包まりながら、私はアマの名を呼んだ。
アマなら……アマならこんなことを言ってもきっと、笑ったり、変な奴だと思ったりしないかもしれない。アマなら私の言うことを真剣に聞いてくれるかもしれない。
学校を休んでいる間も、アマから何度も私を心配するメッセージが来た。そのメッセージに私はこう返した。
『インフルエンザになっちまった。うつるといけないから、見舞いは不要!』
私はアマにすら『化物』が見えるようになったことを言えなかった。怖かったのだ。アマなら、きっとこの悩みも真剣に聞いてくれるだろうと思う一方で、もし、信じてくれなかったらと思うと怖くて言えなかった。アマにさえ、信じてもらえなかったら、きっと私は気が変になる違いない。その確信があった。
私は、このまま一生家から出られないのでは?そんなことを毎日考えていた。
『アマに会いたい、アマに会いたい、アマに会いたい、アマに会いたい、アマに会いたい、アマに会いたい!』
私は、頭を抱えた。数日、アマに会えないだけでどうにかなりそうだった。このままでは、どの道まともではいられなくなる。
『……アマ』
私は布団の中に潜り、固く目を閉じた。
ある晩、とても奇妙な夢を見た。
夢の中で私は外にいた。道路を渡り、家やビルの壁を這い移動した。その夢は不自然な程にリアリティがあった。そんな夢が毎日続いた。
ある晩、私はいつものように町の中を移動していた。すると、一人の男が女に絡んでいるのが見えた。男は嫌がる女を無理やりどこかへ連れて行こうとしている。私は、その男に向かって走り、腕にガブリと噛みついた。
『痛ってえ!』
男は悲痛な声で叫ぶと、女から手を離した。女はその隙に逃げ出す。男は『待て!』と言って、女の後を追おうとする。私は女を追おうとする男に何度も噛みついた。
『があああ、何だ?何なんだよ!?』
男は叫び声を上げながら、走り出した。私はその後を追って、さらに男に噛みつく。噛みつくたびに男は悲鳴を上げた。男はそのまま、赤信号の横断歩道に飛び出した。
キキーと甲高い音が鳴る。男はそのまま車に轢かれた。
次の瞬間、私はベッドから跳び起きた。
『はっ!』
ドクン、ドクンと胸が異常に高鳴っていた。
『夢……か』
私は再び横になる。でも、結局その夜は一睡もできなかった。
次の日、私は家の近所で交通事故があったことをテレビで知った。その男は赤信号にも関わらず、いきなり飛び出したらしい。
車の運転手の証言によるとその男は、見えない何かに追われていたように見えたとのことだった。ほとんどの人間は車に轢かれた男は何か薬物を使用しており、その影響で『幻覚』を見ていたと思った。でも、私だけ違った。
何故なら、事故が起きた現場は私が昨日の晩、男を追い回した場所だったからだ。
私が毎晩体験していたことは、本当に夢だったのだろうか?それを確かめるため、私はその晩、眠らないことに決めた。
深夜二時頃、突然私の中から『化物』が飛び出してきた。それは、夢の中で私の中に入ってきた『化物』と同じものだった。
その『化物』は、窓を通り抜けて外に出た。もしかしてと思い、目を閉じてみると、外の壁を這いずり回りながら移動する映像が見えた。
私は理解した。私の中から飛び出してきた『化物』と私の視界はリンクしている。
目を閉じた私は、試に行きたいと思った方向を念じてみた。すると、『化物』は私が行きたいと念じた方向に移動した。口を開けろと念じれば、口を開け、止まれと命じれば、ピタリと止まった。どうやら、視界だけではなく、行動までリンクさせることが出来るようだった。
『化物』とリンクした私は、町中を移動した。でも、誰も私のことを見る者はいない。私の中から出てきた『化物』も他の『化物』と同じように普通の人間には見えないようだった。
町中を歩き回った私は不良の集団を見付けた。また、噛みついてみる。
「ぎゃあ!」
不良は叫び声を上げて、地面を転げ回った。とても痛いらしい。だけど、よく見ると血が出ていない。そう言えば、最初に噛みついた男からも血は出ていなかった。
どうやら、私の中から出てきた『化物』に噛まれても肉体にダメージはないらしい。ただし、悶絶する程の痛みを感じるようだ。
『化物』とリンクした私はそのまま自分の家に戻った。そこには目を閉じた『私』がいた。
目を閉じた『私』からは。まるで人形の様に意思を感じなかった。『化物』とリンクした私はそのまま『私』の中に戻る。すると私の意識が『私』の中に戻った。
私は自分の胸に手を添えた。今、私の中に『化物』がいる。その日から、私は自分の中にいる『化物』について調べてみることにした。
調べた結果、分かった事は七つ。私はそれをノートに書く。
一つ、私の中にいる『化物』は他の人間には見えない。
二つ、私の中にいる『化物』は何かを食べることはない。私の中から出ている時も何かを食べるということは一切しなかった。
三つ、私の中にいる『化物』と私は視界を共有することが出来きる。
四つ、私の中にいる『化物』を私は操ることが出来できる。操っていない時は、『化物』は自分の意思で動く。
五つ、私の中にいる『化物』は壁を通り抜けることが出来る。
六つ、『化物』は直接人や物を傷付けることはできない。でも、何故か人間に噛みついた場合、噛みつかれた人間はその箇所には激痛を覚える(人間以外の動物では試していないので他の動物でも同じなのかは分からない)。
七つ、やろうと思えば、自分の意思で『化物』を外に出すことも出来る。
ノートに書き終えた後、少し考えてみる。
私の中にいる『化物』は何かを監視することに使えると思った。壁抜け、視覚共有、操作、他の人間には見えない……誰にも気付かれず、対象者を監視し続けることが出来る。
その時、私は恐ろしいことを思いついてしまった。
この『化物』を利用すれば、いつもアマを見てられるのではないか?そして、アマに近づく女を痛めつけて、排除することが出来るのではないのか?
そんなことを思いついてしまった。
『何を考えているんだ、私は……』
私は、頭を振った。そんなことしては駄目だ。そんなこと許されるはずがない。
でも、その一方で、私の中の独占欲と言う名の『怪物』が囁く。『このままでは、アマを他の人間にと盗られるぞ』と。
学校を休んでから一週間後、私はようやく登校することが出来た。
相変わらず、道は『化物』だらけだった、私はゆっくり、ゆっくりと学校に向かった。普通なら二十分ぐらいで行ける距離を倍以上の時間掛けて進んだ。
道にいる『化物』達は私に何もしなかった。むしろ、私と目が合うと向こうが逃げて行ったので、少し拍子抜けしたぐらいだ。
学校に到着すると、既に一限目が始まっていた。教室に入るとクラスにいた全員が私を見た。その中にアマがいた。アマは私を見るとニコリと笑った。久しぶりに見たアマの笑顔を見て、私は大きな幸せを感じた。
やっぱり、あの『化物』を使うのはやめよう。私はそう誓った。
それから、さらに半年が経った。相変わらず家の外は『化物』だらけだったが、その頃の私は『化物』に対して、何も感じなくなっていた。慣れとは恐ろしい。
その日、登校するとアマが上履き入れの前で固まっていた。
『よう、アマ。おは……』
私はアマに声を掛ける。でもアマは固まったままだ。不審に思った私はアマの前に回る。アマは手紙を見ていた。私は咄嗟にアマから手紙を取り上げた。手紙を見た私は「エッ!」と声を上げる。
アマが見ていた手紙には『お話したいことがあります。放課後、体育館裏まで来てください』と書いてあった。どこから見ても……ラブレターだ。
私は混乱した。
「おい、アマ!こ、これ……!」
「かっ……勝手に読むなよ!」
私から手紙を取り上げると、アマは慌てて鞄の中に手紙を隠した。
「それって、ラブレターだろ!?」
私は思わず、大声で叫んでしまった。
「いやぁ、まさかアマがラブレターを貰うなんてな!」
教室に入った私は必死に動揺を隠し、後ろの席のアマと話した。放課後、私は笑顔で彼を送り出した。でも、内心ではアマに手紙を出した女のことばかりを考えていた。
(一体、誰がアマに手紙を?)
手紙には名前が書いていなかった。誰がアマの上履き入れに入れたのか分からない。
「もしかして、鰐淵?」
アマが入っている生物部は二人しかいない。アマと鰐淵という女だ。鰐淵は一つ上の先輩で、生物部の部長をしている。私もアマから名前だけは聞いていた。
ついさっき、その女がアマのことを狙っているかもしれないと聞いた。もしかして、あの女が?それとも別の女?
(嫌だ!)
アマが別の女のものになるなんて絶対に、絶対に嫌だ!
(あの『化物』で、いつもアマを監視していたら、こんなことには……いや、まだ間に合う!)
私の中の独占欲と言う名の『怪物』が大きく叫んだ。『このままでは、アマを他の人間にと盗られる……その前に、相手を消せ!』と。
私は、自分の中にいる『化物』を使うことに決めた。
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