第18話 白い大蛇

「着いたよ」

 警察の言葉に「はっ」となった。どうやら警察署に着いたらしい。


 これから、私はどうなるのだろう?

 人を殺そうとしたのだ。間違いなく刑務所に入れられるだろう。何年、入らなければならないのだろう?父や母は泣くだろうか?それとも怒り狂うだろうか?私のことを分かってくれなかった父と母だけど、人並みの愛情はあった……と思う。

 友人はどう思うだろうか?驚くだろうな。きっと。面会に来てくれるだろうか?友人のことは警察には言わないつもりだ。

(アマは来てくれるんだろうな……)

 それだけは、確信できる。

「さぁ、降りなさい」

 警察がドアを開ける。私はパトカーから降りた。


 今、私の中にあの『化物』はもういない。

 

「やり直そう」

 私は心の底からそう思った。体の中に『化物』がいなくなったのだから、いずれ、私は元の私に戻ることが出来るはずだ。

 罪を償ったら、鰐淵先輩に謝りに行こう。色々と協力してくれた友達にも会いに行こう。そして、アマとまた……。


 シュー。


「え?」

 何かが聞こえた。私は思わず歩みを止める。

「どうした?」

 警察官が訝しげに私を見る。


 シュー。


 まただ。また聞こえた。なんだろう。まるで蛇の……。その時、背中にゾクリと悪寒が走った。私はゆっくり後ろを振り向く。


 シュー。


『白い大蛇』が私をじっと見ていた。


「きゃあああああ!」

 私は叫び声を上げた。

「どうした!?」

 警察官が困惑した様子で私を見ている。警察官には『白い大蛇』が見えていない。『白い大蛇』は舌をチョロチョロと出しながら、大きな顔を私に近づけた。

「シャー」

『白い大蛇』が大きく口を開く。口の中には四本の長い牙があった。

「うわああああああああ!」

 私は絶叫を上げ、その場から逃げ出した。

「ま、待て!」

 警察官の怒鳴り声が聞こえた。私は思わず後ろを振り向いた。警察官と一緒に『白い大蛇』が私を追かけてくる。


 手錠に繋がれながらも、私は走っていた。赤信号を無視し、狭い道を通る。私を追っていた警察官はいつの間にか、いなくなっていた。どうやら、警察官は私を見失ったようだ。でも……

「いやあああああ」

『白い大蛇』は私を見失うことなく、ピタリとついて来る。

 逃げても、逃げても、『白い大蛇』はどこまでも追いかけてくる。どんなに狭い道を通っても、どんなにスピードを上げても、まくことができない。

「どうして?どうして?」

 慌てて、ポケットの中からスマートフォンを取り出す。

「きゃ!!」

 私は反射的にスマートフォンを放り投げた。何故なら、スマートフォンに小さな蛇が何匹も巻き付いていたからだ。

「シャー」

『白い大蛇』が大きな口を開け、迫ってくる。私はスマートフォンを拾うのを諦め、また走り出した。

「はぁ、はぁ」

「シュー」

「はぁ、はぁ」

 息が苦しい。私は元陸上部で、それなりの成績も出していた。手錠を掛けられているとはいえ、かなりのスピードで走っているつもりだ。それでも『白い大蛇』を振り切ることが出来ない。

「嫌だ。嫌だ」

 死にたくない。死にたくない。私は必死に走る。

「シャー!」

「きゃあ!」

 白い大蛇が前から現れた。いつの間にか『白い大蛇』は先回りをしていた。駄目だ。このままじゃ……私はとっさに、近くのマンションの中に入った。エレベーターがちょうど来ている。私はそれに飛び乗ろうとした。

「シャー!」

 いつの間に、マンションの中に入って来たのか『白い大蛇』が行く手を阻んだ。私は、エレベーターに乗るのを諦め、近くにあった階段を上り始めた。

「シャー!」

 階段を上る私の後を『白い大蛇』が追いかけて来る。

「はぁ、はぁ」

 私は階段を駆け上がる。だけど、どんなに早く階段を駆け上がったとしても、此処がマンションである限り、必ず終わりがある。


 私は屋上に通じるドアの前に来た。普通、屋上に通じるドアには鍵が掛かってあり、開けることは出来ない。

(お願い!)

 私は勢いよくドアノブを回す。すると、ドアはガチャリという音を立て、あっけなく開いた。

(やった!)

 幸運に感謝して屋上に飛び出す。でも、直ぐに絶望が私を覆った。


(飛び移れる所がない!)


 東側には建物がある。でも、私がいるマンションより高すぎて無理。西側にある建物も、このマンションよりだいぶ高く、無理だ。北側は歩道に面していて、建物自体がない。南側の建物は私がいるマンションと同じ位の高さだが、距離が離れている。


(どうしよう、このままじゃ……)


 シュー。


 私が悩んでいる間に『白い大蛇』が屋上に入ってきた。

「いやあああ!」

 私は咄嗟に南側へと向かった。屋上の周りを囲んでいるフェンスを乗り越え、下を見る。思わず息を飲んだ。高い。暗くてはっきりとは分からないが、多分二十メートル以上あると思う。

(怖い)

 向こうの建物との距離は、三メートル近くある。助走もなしに、しかも手錠を嵌められたまま隣の建物まで飛び移れるだろうか?無理だ。できっこない。私は、その場にしゃがみこんでしまった。



「奏人」

 

(え?)

 しゃがみこんでいた私の耳に、聞き慣れた声が届いた。

「奏人」

 後ろから、もう一度名前を呼ばれた私は勢いよく振り返る。振り返るとそこには『白い大蛇』ではなく、一人の少年が立っていた。


「ア……マ?」


 そこにいたのは、アマだった。どうして?さっき別れたばかりなのに、どうして此処に?それに『白い大蛇』は一体どこへ?

「奏人」

 アマは優しく微笑みながらこちらに近づいて来ると、私に向かってゆっくりと手を伸ばしてきた。あの時と同じように。

「アマ!」

 どうしてアマが此処にいるのかなんて、どうでも良い!彼はまた私を助けに来てくれたのだ!

「アマ!」

 あの時と同じように、私もフェンス越しにアマに手を伸ばした。



 次の瞬間、アマの姿が突然『白い大蛇』に変わった。


「シャー!」

『白い大蛇』は口を大きく開け、私に襲い掛かって来た。

「ひっ!」

 私は悲鳴を上げて後ろに倒れた。もしも、後ろに地面があれば、そのまま倒れることが出来ただろう。でも、私の後ろに今、地面はない。

「あっ」

 気付いた時には私は、真っ逆さまに落ちていた。


『白い大蛇』が上から私を見ている。かなり早いスピードで落ちているはずなのに、私にはとてもゆっくり落ちている様に感じた。


 地面が目前に迫った時、頭の中に生まれてから体験したことの記憶が高速で流れ始めた。


 これが走馬灯というやつなのだろうか?記憶は高速で流れ続け、中学の時まで来た。学校の屋上でアマと出会った時だ。

『僕の名前は“雨牛梅雨”……君の名前は?』

『……“奏人”……“奏人明美”』

 私は、弱々しい声で呟く様に自分の名前を言った。

『奏人さん、君の辛さは僕には分からない。だから……』

 アマはニコリと笑う。


『僕と友……』


 頭の中に、ゴンという鈍い音が響く。私の意識はそこで、プツリと途切れた。 


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