思いがけない対戦相手(前)

    ◇


 いよいよ試合がせまってきた。緊張で胸がバクバクとなり、一つ前の試合は見ているようで見ていなかった。


「ウォルター、俺達の出番でばんだ」


 スコットから差しだされた手を取って立ち上がった。


「がんばれよ。僕らの生活が君の肩にかかっているんだぞ」


「負けたら承知しないからね」


 ロイとクレアにプレッシャーをかけられながら、スコットと一緒にフィールドへ向かう。ふと敵陣を振り向くも、まだトレイシーは姿を見せていなかった。


「よし、ウォルター。最後のおさらいだ。ジェネラルが見せた『防壁ぼうへき』は『風』にとって天敵てんてき中の天敵。あれをきずかれたら、一巻の終わりぐらいに考えろ。とにかく、攻撃の手をゆるめず、そのヒマを与えるな」


 氷の魔法は絶大な破壊力と鉄壁てっぺきの防御をほこる反面、構築こうちくまでに時間を要する技が多い。水の魔法と連携させるのは、それを促進そくしんさせて欠点を補うためでもある。


 風の魔法が優れているのは機動力きどうりょく猪突ちょとつ猛進もうしんと言われようが、長所をいかしてバカ正直にたたみかける。長期戦はもってのほか――というのがスコットの持論じろんだ。


「よし、『風』の底力そこぢからを見せてやろうぜ」


 スコットの何とも言えない応援に送りだされ、消えかけの目印がついた所定しょていの位置についた。


 まだトレイシーは現れない。さっき事務局の人に聞いてみたら、すでに会場へ来ているという話だったけど。


「ウォルター! がんばってくださーい!」


 スージーの元気な声援がとんだ。観衆からちょっと笑いが起こった。


 ほどなく、人ゴミの中から男がフィールドへ出てきて、ちょうど真向まむかいの位置についた。


 男に顔を向ける。あ然となった。目を疑った。ふいに先日の記憶がフラッシュバックした。その立ち姿には見おぼえがあった。


 男とは廃村はいそんで出会った。けれど、トレイシーではない。血色けっしょくの悪い肌にダラリとたれ下がった左腕。


 忘れるわけがない。見まちがえるわけがない。対戦相手として現れたのは、僕らを散々さんざん追いかけ回した、あの貴族きぞくがたゾンビだった。


 男がこちらを見た。顔をななめにかたむける、ちょっとしたしぐさまでそっくりだ。あの時、あいつは死んだはずだ。そうでないなら、あの黒こげの死体は誰だと言うのだろう。


 周囲を見回す。なぜ、誰も疑問に思わないんだ。どう見ても、あいつはトレイシーじゃない。制服だってボロボロだし、だいいち、あれは〈風の家系ウインドミル〉のものじゃないか。


「始めてください!」


 考えがまとまらないうちに、試合が始まった。この会場には、トレイシーを知っている人間が誰一人としていないのだろうか?


 男がいきなり歩きだす。しかし、数歩進んだところで立ち止まって、不気味な笑みをうかべながら、手招てまねきをした。恐怖で足がすくんで動かない。


 男はおどけるように両手をあげ、再び手招きをした。不用意な行動は命取りになる。けれど、行かなければ。あいつには聞かなければいけないことがある。


 男の誘いに乗った。歩調ほちょうを合わせるように、センターラインまで進み出た。僕らの不審な行動を見て、会場がざわつき始めた。


「私に聞きたいことがあるんじゃないか?」


「……あなたはトレイシーじゃない」


「そうだ。私はトレイシー・ダベンポートではない」


 意外にも、男はあっさり認めた。目的は何だ。なぜここに来た。


「しかし、まわりの反応はどうだい? 君と連中との認識は一致いっちしてるかい? 私がトレイシー・ダベンポートでないと、一人でも疑っている者がいるだろうか?」


 釈然しゃくぜんとしないがその点だ。見回してみても、観衆の様子におかしなところはない。僕らの行動をあやしんでも、目の前の異常な身なりの男についてはあやしんでいない。


「君が正しい。事実、私はトレイシー・ダベンポートではない。けれど、まわりの連中には、私がその男に見えているのさ」


 簡単に受け入れられる話ではない。けれど、そうとしか思えなかった。つまり、この男は他人に成りすませる能力者であり、本当の姿を僕にだけ見せているということか。


「君が正しい。君が正しいんだよ、トリックスター」


「……どうしてそのことを」


 思わず動揺してしまい、男がしたり顔を見せた。


「まわりの連中には秘密だったのかい? この体の真の姿を見きわめられる。君がトリックスターである何よりの証拠じゃないか」


 そういえば、パーティーの日に会った女も、よく似たことを言っていた。それに雰囲気もよく似ている。得体えたいの知れないうす気味悪きみわるさがそっくりだ。


「私はローメーカーの使いでこの国へ来た」


「……ローメーカー?」


「かつての同志どうしの名を忘れてしまったのかい?」


「あなたが何を言っているのかわからない」


 自身をふるい立たせるように、言葉に力をこめた。そうしなければ、相手の勢いにのまれそうだった。


「もう始まってますよ!」


 立会人たちあいにんに急かされた。男は気にもとめない。


「とぼけているわけではないか。ローメーカーも君の居場所を知らないと答えていたしね。それなら、教えてあげよう。仲間の名を忘れているのも、この『扮装ふんそう』の能力が通じないのも、君が『最初の五人』だからさ」


「『最初の五人』……?」


「少し昔話をしようじゃないか。その二つは同じ出来事にたんを発しているからね」


 男は表情やジェスチャーが大げさで、人をからかうような態度をとり続けている。


昔々むかしむかしある所に、五人の能力者がいました。後に『最初の五人』と呼ばれる彼らは、当時、無敵をほこったエックスオアー――君らが『転覆てんぷく巫女みこ』と呼ぶ女を打倒するため、勇敢ゆうかんに立ち上がりましたとさ。わかりやすく、五人の名をあげよう。ローメーカー、トランスポーター、エクスチェンジャー、あそこにいるヒプノティスト。そして、トリックスターこと君だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る