七色の能力者(後)

     ◇


 うんともすんとも言えなくなった。本当に心理戦がうまい。闘争心がすり減っていった。


 女が再度両手を上げると、今度は左右のまぶたまで閉じた。


「もう観念かんねんするわ。服従ふくじゅうあかしに目をつむりましょう。これなら〈転送〉トランスポートは使えないでしょ?」


 思いがけない展開となり、あっ気に取られた。相手が白旗をあげたのに、安心するどころか、頭が混乱するばかり。完全に手のひらの上でおどらされている。


「これだけじゃ信用できない? だったらこうしましょ」


 おもむろに両ひざをついた女が、屋根の上でうつせになった。その上、自ら両手をうしに組んだ。


 たくらみがあるとしか思えず、とても近づく気になれない。かといって、降参した相手に攻撃を加えるわけにもいかない。いくら何でも卑劣ひれつすぎる。


「両目をふさがせてもらう。あと、手もしばらせてもらうぞ」


「かまわないわ。能力のことを洗いざらい話すから、やさしくしてね」


 瞬間移動や遠隔操作のことを考慮すれば、視覚を遮断しゃだんするのが先決だ。ハンカチ代わりに持ち歩いている布をきつく巻きつけた。


 手のほうはどうするか。怪力かいりきのことがあるから、極力さわりたくない。あいにく、他にしばり上げる物は持っていないし、しばっても簡単に引きちぎられそうだ。


 ただ、両手が自由のままだと、何のために目隠しをしたのかわからない。頭が回らない。とりあえず、肩甲骨けんこうこつの辺りを上から押さえつけ、起き上がるのだけでも防ごう。


〈転送〉トランスポートを使うには、まず始めに移動先の座標ざひょうを登録するの。あなたも気づいた通り、そこへ視線を向け続ければ登録完了よ。かかる時間は距離によって変わるわ。だいたい、五メートルで一秒ってところかしら」


 聞いてもいないのに、女はみずから解説を始めた。心理戦の一環いっかんだろうか。まあ、内容に嘘はなさそうだ。実際、数メートル先への移動は瞬時に行っていた。


「自身が移動できる限界距離は三百メートル。障害物があってはいけないし、その地点を約一分間も見つめる必要があるから、まめに移動するのが常識的な使い方ね」


 油断して聞き入った。五十メートルで十秒だから、普通に走る速度と変わらないか。〈悪戯〉トリックスターにも制限時間があるし、多かれ少なかれ、各能力は制限をかかえているようだ。


「どうしてそんなにペラペラとしゃべるんだ?」


「言ったでしょ、服従の証だって。それに、〈転送〉トランスポートは私の能力じゃないから。教えても惜しくないのよ」


「……自分の能力じゃない?」


「あなたも知っているトランスポーターからの借り物よ」


 本当に聞きたかったのはそこじゃないけど、能力を借りられるのか。それがこの女の能力だろうか。


「サービスしてもっと話してあげる。さっき言った、取っておきの能力の話なんだけど、名前は〈千里眼〉リモートビューイングって言うの。これは『人狼じんろうおう』からの借り物」


 人狼王……。人狼じんろうと言えば、この国とかつて敵対関係にあった種族だ。そういえば、ベレスフォード卿が巫女みこ絵画かいがを解説していた時、その名を口にしていた。


「どんな能力かというとね、ある地点を登録すれば、そこからの眺めにどこからでもアクセスできるようになるの。それがどれほど素敵なことかわかる? まぶたを閉じれば、いつもお花畑が広がっていたりするのよ」


 不覚ふかくにも、のぞきに使えるという邪念じゃねんが頭の中をうず巻いた。のぞかれる危険もあるから、精神衛生上そんな能力は存在してもらいたくないけど。


「最後に一つアドバイス。あなたは自分の能力について、よく知ったほうがいいわ。そうしないと、また二十年前のようにしくじっちゃうわよ」


「……さっきから何の話をしてるんだ。最後ってどういうことだ!?」


「じゃあ、三百メートル先で会いましょ」


 その直後、女の姿が消えた。すぐには状況を理解できなかった。冷静になってから、目玉が飛び出るの意味と、女が降参こうさんの芝居をうった理由に気づいた。


 〈千里眼〉リモートビューイングとやらで、次の移動先を登録するための時間かせぎだったわけか。まんまとハメられた。見事に相手の術中じゅっちゅうにハマってしまった。


     ◇


 結局、女は発見できずじまい。タイムリミットがせまったので、スージーに『交信こうしん』で無事を伝え、その日は報告がてらに寄ったパトリックの屋敷にまった。


 一夜が明けると、朝からパトリックは出かけていた。デリック・ソーンの件で奔走ほんそうしていて、昼すぎには戻ると書きおきがあった。スージーから『交信』で同内容の伝言があり、屋敷で待つように言われた。


 帰りを待っていると、何とヒューゴが屋敷へ現れた。昨晩は、僕らが屋根の上で戦っているとは夢にも思わず、街中まちじゅうをさがし回ったそうだ。


「あの野郎が〈侵入者〉について白状はくじょうするっていうから来たんだよ。ついでに、お前とも話したかったしな」


 〈侵入者〉の情報と引きかえに、しばらくデリック・ソーンを深追ふかおいしないでほしいと頼まれ、『しばらく』という条件つきだったので渋々しぶしぶながら引き受けた、とヒューゴは言いわけのように言った。


 ほどなく、パトリックも屋敷へ帰ってきた。相手が居間へ入ってくるなり、ヒューゴは窓の外へ視線を向け、かたくなに顔を合わせようとしない。


「まずは、昨晩遭遇した能力者について、くわしくお願いします」


 空に飛ばされたこと、ナイフの遠隔操作、瞬間移動、怪力、あと、自分には見えていたけど姿を消せること、七つの能力を持っていると言ったこともふくめ、残らず話した。


「空に飛ばされたのなら、どうしてお前はここにいるんだ?」


 ヒューゴにツッコまれた。うっかりしていた。


「ウォルターは空を飛べる能力を持っているんです」


「お前と同じわけか。まあ、普通の人間じゃないとは思っていたけどな」


 パトリックが機転きてんをきかす。クレアにした言いわけと同じ内容なので都合がいい。ヒューゴはパトリックの〈催眠術ヒプノシス〉のことを知っているようだ。


「本当に女でしたか?」


「はい。見た目も声も雰囲気も」


「確かに女だったぞ。俺も声だけならハッキリと聞いたからな」


「能力の一つは、私が知っているトランスポーターのものと酷似こくじしています」


「あっ、トランスポーターから能力を借りたと言っていましたよ」


「……能力を借りたんですか?」


「はい。女が自分でそう言っていました」


 実際、この目で見たわけだから、その話を信用している。たった一つの能力に、あれほど多種たしゅ多様たような使い方が存在するとは思えない。


「トランスポーターってのはどんなやつなんだ?」


「男です。年齢的には私やウォルターと変わらないそうです」


 パトリックが首をかしげながら、しばらく考え込んだ。


「問題はその女がどういった目的でここへ来たのかと、大量のマスケット銃を誰が使う予定で用意したかですね」


 パトリックがなぜそんなことに疑問をいだいたのか、理解できなかった。


「〈侵入者〉が使うためじゃないんですか?」


「連中は基本的に単独行動だろ」


「まだウォルターには話していませんでしたね。いい機会ですから、〈侵入者〉の話をしましょう」

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