七色の能力者(前)

     ◇


「まさか、トリックスターがこんなところにいたとはね。あなたの話は少しも聞かされていないわ。この国の連中に一任いちにんしていたのはまちがいだったみたいね」


 〈悪戯〉トリックスターのことを知っている……?


「で、どうしてこの国にいるの? やっぱり、あなたがしとめそこなった『あの女』をさがしているの?」


 女が反応を確かめるような目つきで言った。話が全く見えない。


「何の話だ」


「記憶を失っているのね。まあ、あなたにかぎったことじゃないし」


 唐突に女がそっぽを向いた。その方向を釣られて見る。何もない。そうだ、ナイフはどこに行った。女の手にはない。屋根の上にもないから、下に落ちたのか。


 遠隔操作できるのだから、下に落ちたとしても油断は禁物きんもつだ。ただ、女は操作する時に、露骨ろこつにナイフを目で追っている。だったら、視線にだけ気をつけていればいいか。


 今度は両手を上げた。そして、次に思いがけない言葉を発した。


「降参するから見逃みのがしてくれない? ただでさえ能力が通じないのに、かないっこないわ。当たりくじを引いたあなたを殺すわけにもいかないしね」


 いつの間にか、形勢けいせいが逆転した? それにしても、こちらを混乱させるような、わけのわからない話をイチイチはさみ込んでくる。


「逃がすわけないだろ」


「だったら、仕方ないわね」


 とっさに身がまえるほどの、ゾッとする目つきを女が見せた。


「予告――今から私は全力で逃げます。捕まえられるものなら捕まえてごらんなさい」


 逃がすものか。女の姿が忽然こつぜんと消える。しかし、あっさり隣りの屋敷にその姿を見つけた。このぐらいの距離が限界か。


 牽制けんせいの『かまいたち』を放ってから、隣りの屋敷へ飛び移る。着地と同時に、またもや女がいなくなった。何という目まぐるしさ。振り返ると、さっきの場所に舞い戻っていた。


 良いように翻弄ほんろうされている。これじゃあ、イタチごっこだ。ただ、距離に制限があるのなら、あせる必要はない。女のしぐさから、次の移動先を予想できさえすれば。


 数秒間、女はこちらから視線をはずし、別方向の屋敷を見た。ただのよそ見とは思えない。そういえば、この場所もさっき見ていた。


 目であらかじめマーキングする必要があるのかもしれない。確かめてみよう。カラクリさえわかれば、絶対に主導権をにぎれる。


 魔法で牽制してから、ベレスフォード卿の屋敷に向かって飛んだ。その最中に女の姿が消え、予想していた方向へ目を向ける。


 ビンゴだ。さっき長々ながながと視線を向けた別の屋敷へ、女は移動していた。


 予想通り、特定の場所以外は、戦闘中としては致命的ちめいてきとも言える時間をついやさなければ、移動することができない。


 攻撃をたたみかければ、瞬間移動は封じられる。移動場所が予測できるなら、攻撃を先回りさせることだって可能だ。


 着地と同時に取って返すように、その屋敷へ針路しんろをとる。女が瞬間移動したのを確認後、到着を待たずに空中で重力を軽減し、逆噴射ぎゃくふんしゃしてとんぼ返りした。


 風の魔法で攻撃しても元の場所へ戻るだけ。ダメージを加えるなら火の魔法しかない。けれど、指輪がないので火の魔法を使用するには〈悪戯〉トリックスターが必要だ。着地を決めてからでないと攻撃に移れない。


 ところが、飛行途中にバックするという慣れないことをしたせいで、着地に大失敗。屋根の上をころげ回って、時すでに遅し。敵の意表いひょうをつくはずだった作戦は失敗に終わった。


 片膝をついた状態で顔を上げると、女はこちらを微笑ほほえましく見つめていた。


「残念、詰めが甘かったわね。でも、何もかもお見通みとおしみたいね」


 この余裕はどこからくる。まだ隠し玉があるのか?


「だけど、次の移動地点はもう登録済みよ。さて、どこでしょうか」


「あまり時間がたってないから、少なくともこの屋敷の上だろ」


「大当たり。褒めてあげるわ」


 おそらく、瞬時に移動可能なポイントは自由に変更できる。こっちがカラクリに気づいたと知ったからには、そろそろ切りかえてくるに違いない。


 とにかく、別の屋敷への移動は徹底的てっていてき阻止そしする。そのためには、よそ見する余裕を与えないほど、根気こんき強く波状はじょう攻撃をしかけるしかない。


 『豪炎ごうえん』――広範囲に火炎を放射ほうしゃする攻撃に切りかえよう。『火球かきゅう』と違って速度が出ないのと、自身の視界をせばめてしまうのが欠点だけど、接近戦なら効果的だ。


 『豪炎』に攻撃を切りかえると、女は息もつかせぬハイペースで移動をくり返した。四方八方へまたたく間に移動するのでまとがしぼれない。


 律儀りちぎに追いかけたら、その場でクルクルと回転する状態になった。しまいには目が回りそうだったので、上半身だけをひねる手法に変えた。


 近場ちかばでも移動先を見る必要があるのは確実だ。ただ、それはわずかな時間で、瞳をかすかに動かす程度なので、移動地点の予測は難しい。当てずっぽうで攻撃したほうが奏功そうこうするかもしれない。


「火の魔法を飛んでいる時だけ使わないのは、何か理由があるの?」


 まだ女には、こちらの『豪炎』をかいくぐりながら、悠長ゆうちょうに話しかける余裕がある。その指摘は図星ずぼしだけど、別に気づかれても、痛くもかゆくもない。


 ふいに女が間近に出現した。右の手首を取られ、尋常じんじょうじゃない力でおさえつけられた。


「ねえ、この腕を折っても魔法は使えるの?」


 力ずくで振りはらおうとするも、女の手は微動びどうだにしなかった。やむなく左腕でなぐりかかると、思いきり右腕を後ろへ引っぱられ、大きく体勢をくずされた。


 さらに、後ろ向きに倒れた直後、女に足首を取られ、振り回すように屋根の外へほうり投げられた。とっさに重力を軽減し、空中に退避たいひした。


「私、意外と力持ちでしょ?」


 女がおどけながら言った。開いた口がふさがらなかった。とんでもない怪力だ。あの細い腕のどこにあんな力が……。


「逃げ回っているから、接近戦は不得手ふえてだと思った?」


 これも女の能力だろうか。人間のものとは思えない力だ。


「うすうす勘づいたと思うけど、今のは別の能力を使ったのよ。実は私、七つも能力を持っているの。『七色なないろの能力者』なんて呼ばれ方をすることもあるわ」


 七つだって……。瞬間移動、遠隔操作、姿を消す能力、怪力。あと、空に飛ばされたのもあったっけ。それを入れて五つ。残り二つもあるのか。


「でも、そのうちの二つは戦闘で役立たないわ。ただ、あと一つはスゴい取っておきよ。きっとあなたも目玉が飛び出るぐらいおどろくと思うわ」


「空に飛ばしたアレじゃないのか?」


「それは〈転送〉トランスポート。あなたのお友達の能力でしょ。忘れたりしたら、かわいそうじゃない」


 トランスポーターが友達? さっきから、何なんだいったい。


「その能力はね――本当に目玉が飛び出るのよ」


 女は病的な笑みをうかべ、舌なめずりでも始めそうな様子だ。どういう意味合いで言ってるのかわからず、それを考えただけで、ゾッとして鳥肌が立った。


「素直に帰ると言っている私を、あなたはそれでも引き止める?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る