トランスポーターと侵入者

    ◇


「我々はこれまで〈侵入者〉の拘束こうそくに三度成功しています。そして、その全員に対して、〈催眠術ヒプノシス〉による尋問じんもんを行いました。ひと口に言えば、彼らはトランスポーターにやとわれたスパイです。この国で得た情報と引きかえに、報酬ほうしゅうを受け取る契約をかわしています。

 彼らが侵入先に〈樹海〉を選ぶのは、潜伏せんぷくに好都合という理由もありますが、一番の理由はトランスポーターの能力的制限によるものです。〈樹海〉が〈外の世界〉に最も近い場所であるからにすぎません」


 この国の南方なんぽうには海が広がり、〈外の世界〉と地続じつづきなのは北方ほっぽうのみ。両国は断崖だんがい絶壁ぜっぺきによって分断されている。ただ、南方も海の果てに断崖絶壁があり、いたる所から塩辛い滝が流れ出ているそうだ。


「彼らが単独行動なのも能力的制限が一因いちいんです。〈転送〉トランスポートは対象を元の場所へ戻せるものの、そのためにはリンクをつないだままにしなければならず、それが一人に限定されているそうです。〈外の世界〉への帰還を無視すれば、何人でも連れて来られますが、現実的ではないと思います」


 前々まえまえから〈侵入者〉に対する危機感がうすいと思っていたけど、そういう事情があったのか。確かに、たった一人なら、できることなんてたかが知れている。


「そのトランスポーターっていうのが、この国に現れたことはないのか?」


「ありません。彼の〈転送〉トランスポートは自身を『転送てんそう』する場合にかぎり、様々さまざまな制約があるそうです」


 障害物とか距離とか、女も制約の話をしていた。


「彼らの行動パターンは千差せんさ万別ばんべつです。個々が自らの意思で行動し、巫女みこの情報を得るという、漠然ばくぜんとしたもの以外、特段とくだん命令を受けていません。武器はマスケット銃か短剣。証言によると、肌の表面から三十センチ以内におさまる物なら、何でも持ち込めるそうです」


「命令をしないということは、トランスポーターと〈侵入者〉は連絡が取れないんですか?」


「できません。また、約束の期日きじつはおおむね一ヶ月後に設定され、その日が来ると強制的に〈外の世界〉へ戻されます。言いかえれば、彼らの意思では帰還できないのです」


「スージーの能力があったら泣いて喜びそうですね」


 〈侵入者〉は外部との連絡を絶たれ、孤独な戦いを強いられていた。仮に自分がその立場だったら、手をこまねいたまま、無益むえきな一ヶ月を過ごしそうだ。


「ちなみに、拘束した三名は全員命を取らずに解放しました。厳密げんみつには、期日が来るまで監獄かんごくで拘束しました。死体で返すと、敵方てきがたに警戒心を与えますから。念のため、嘘の情報を〈催眠術ヒプノシス〉で信じ込ませました。

 ただ、ほとぼりが冷めた頃に能力を解いたので、もう相手方に知れ渡っているでしょう。今思えば、その後から〈侵入者〉の足どりがつかめなくなりましたから、それが彼らの警戒を招いたのかもしれません」


「そんな状況だから、デリックのような協力者を作る方針に変えたんでしょうか」


「そうとも言えますね」


「でも、女が〈転送〉トランスポートを使えるなら、何人でも〈侵入者〉を送り込めますよね? どちらかが、こっちに送迎そうげい役として来ればいいんですから」


「そうだな。こっちから〈外の世界〉へ行くことも可能ってことか」


 ヒューゴがにわかに色めき立った。その考えが頭になかったのか、パトリックはかたまった。


「おっしゃる通りです。能力の借り方にもよると思いますが……」


 パトリックがおどろいたのも無理はない。所詮しょせん〈侵入者〉は単独犯と軽視していたのに、その大前提だいぜんていがくずれさったのだから。この国の根幹こんかんをゆるがしかねない事態だ。


「しかし、その女は単独行動だったんですよね?」


「仲間は見当たらなかったです」


「では、まだ何らかの障害があると見るべきではないでしょうか。複数で行動する〈侵入者〉が発見された例は、いまだかつてありません」


 言われてみればそうか。できることをしない理由はない。それができない理由、もしくはしたくない理由があるはずだ。


     ◇


「デリック・ソーンはどうなりました?」


「ベレスフォード卿の屋敷にも、ハンプトン商会にも姿を見せていません」


「もう〈外の世界〉へ逃げおおせたかもな」


 断言できないとはいえ、やはりあの女の仲間だったと考えるべきか。


「あの人は〈侵入者〉じゃないんですか?」


「確実なことは言えませんが、そういった話は入ってきていません」


「ベレスフォード卿はなんて言っているんですか?」


「彼が何も言わずにいなくなったので、困惑している様子でした。昨日のパーティーで、彼とご息女そくじょの婚約に加え、彼に東部の水運事業を一任すると、発表する予定だったそうですから」


 そうすると、ベレスフォード卿は無関係だろうか……。


「もう屋敷の中は調べたのか?」


「まだです」


「証拠をつかんだんだから、強引にでも調べればいいだろ」


「現時点では、ベレスフォード卿本人に疑いをかけるわけにはいきません。デリック・ソーンと〈侵入者〉の関係は証明できませんし、マスケット銃についても屋敷の部屋からどう持ち出したんだという話になりますから」


 いくら言いわけしても、部屋に忍び込んで盗みだした事実は変わらない。


「もう証拠は処分されているかもしれませんしね」


「それでどうするんだ。クサいものにフタをして、また見て見ぬフリか?」


「私が最も危惧きぐするのは、〈侵入者〉と共闘する勢力の存在です。それがデリック・ソーン個人、もしくはその周辺にかぎられるのか、すでにベレスフォード卿を中心とした大きな勢力をきずき上げているのか。どちらにころぶかで話が変わってきます」


 確かに、後者こうしゃだと国を二分にぶんする戦いになる。味方に後ろから撃たれる危険性だってある。


「不用意に深入ふかいりするのは危険です。まずは、彼らがこの国にどれだけ根を張っているのか、慎重に見きわめなければなりません。少なくとも、対抗戦が終わるまではデリック・ソーン個人の捜索にとどめ、動向どうこうを静観したいと思っています」


「グズグズして、五年前みたいなことになっても知らないぞ。全部、お前が責任を取れよ」

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