第54話

その言葉の後、時間が止まってしまったのかと思うほどの静寂が訪れた。

会長は数度目をパチパチさせ、今まで見たことのないようなキョトンとした表情を見せた。普段から見透かしたような言動を繰り返してきたこの人が驚くようなことがあるのか甚だ疑問だったが、思わぬ場面でその姿を見ることができた。

そんな悠長なことを考えていたが、流石にこの沈黙は気まずい。発言が発言だっただけに

反応が何も無しというのが一番気まずい。

いっそ笑い飛ばしてくれた方が一兆倍楽だ。

「あ、あの…………」

「……………ふふふ」

「……………え?」

「あははははは!宿題免除って!いや〜、やっぱ君は最高だ!」

「は、はぁ」

いや、状況が全く読めない。急に黙りこくったと思ったら大笑いしてんだもんな。

状況を把握仕直してみたものの、やはり生返事の意味合いが変わることはなかった。

って、いつまで笑ってんだよ!人生で一度もこんなに笑われたことねえよ!

俺の怪訝な表情に気付いたのか数度咳払いをして体裁を取り繕うとしていたがまず先にそれが手遅れなことに気づいて欲しかった。

「こほん、わ、悪かったねこんなに笑っちゃって」

本当に悪いと思っているのか、気まずそうに視線をそらしていた。

「いや、気にしてませんよ。内容が内容だったわけだし」

「そ。そう言ってもらえると楽だけど………。

本当にそんなんで良いの?」

「あ、いや、無理ならいいっすよ。ただ言ってみただけですし。こんなのがまかり通るとも思ってませんし………」

無理なら無理で出さなければ良いだけですし、と言いかけたが流石にこの学校の長を目の前に堂々とサボり宣言は不味かろうと思い言い留まった。

流石に一個人を贔屓ひいきしていると捉えられかねない対応をとることはいくら会長とはいえ望ましいことではないことくらいは理解していた。これは生徒に対してではなく教員に対して不快感を与えかねないということ、ひいては俺の評価ではなくそれを提言した会長の評価にも繋がりかねない事態に直面するということだ。以前ルカの対応について話を聞いた教師の言葉だが、教師の中でも能力者絡みの件について認知している教師は少ない。

この学校が特殊であることは自他共に認めるとしか言いようがないが、特殊という意味合いがそこで齟齬そごが起きていると感じた。それは大きく分けて二通り。

一つ目はこの学校の校風や校則、つまり学校自体に特殊性を見出しているケース。

二つ目はこの学校に所属する生徒に特殊性を見出すケース。

二つ目の生徒に対する特殊性とは、つまり能力者のことだ。

大抵の教師は前者で、後者はごく僅かな教師や生徒しか知り得ない。いわばトップシークレットに当たるものだ。

会長はそのトップシークレットを管理する役割を担っていると言えば良いのだろうか。詳しいことは何も分からないが口ぶりから察するに統制し管理して保管する役割を負っているわけだ。

そのため他の学校と比べて『生徒会長』という役職の地位が高いのもそれを統制するためと思えば俺は腑に落ちる。そう、腑に落ちるのは能力者の存在を知っているからだ。

地位を高めなくてはいけない必要性を知っている人間からすれば側から聞けば突飛な内容の話も理解できるが、前者である教師には不可能だ。良くて門前払い、最悪のケースは俺が呼び出され指導されるパターン。

誰かに迷惑かけて成し遂げなくてはならないほど大事なことでもないし、面倒ならやらなくていいだけの話。そう思い前言を撤回しようと思った矢先だった。

「分かった。良いよ」

「…………え?」

思いがけない返答につい聞き返してしまった。

「君の宿題を免除するよう働きかけてあげると言っているんだ。久々にこんなに笑ったからね。そのお礼だと思ってくれていい」

「は、はぁ、いや、良いんですか?先に言っといて何ですけど、そんなことしたら教師の心証を悪くするんじゃないんですか?」

「まぁね、けど約束は約束だ。そこは絶対に守らせてもらうよ。…………本当はエッチな要求をしてくるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてたんだけどねぇ。まったく………予想の斜め上なんだか下なんだかイマイチ分からない要求でガッカリしているよ」

そう言いつつもその表情には落胆の色はなく、むしろ悪事を共有するかのごとく悪い笑顔を浮かべていた。

「まぁ、人の期待を裏切ることを信条に生きているんで。………それじゃあ、そろそろ失礼します」

気づけば周囲には人の気配も感じられず、閑散としていた。寮には門限は特に設定されていないが、背中で寝ているルカを起こしてしまわぬ内に部屋に帰っていたいというのも本音だったがそれ以上にこの場から早く立ち去りたかった。

「あ、その前に………」

「?」

「君はそんなことでいいの?」

あまりにも漠然とした質問にその意図を掴めなかった。

「そんなこと、とは?」

「私と副会長相手、まぁ副会長は置いとくとしてもこの学校のトップの人間相手にその程度の願いでいいのっていう話」

「不服ですか?」

「ある意味ね。君ほどの学力があれば課題なんて何でもないだろう。それなのに課題の免除なんてわざわざ頼む必要もないだろう」

「…………」

「それにテストの結果に重きをおくこの学校じゃあ課題を提出する意味合いは薄い。内申然りポイント然りね。そう考えると君の要求は殆どどころかまるで意味がない」

「…………そうだったんすか、知りませんでした」

「嘘だね、それに君は内申やポイントなんて小さいこと気にするような奴じゃないだろ?」

「まさか、点数が欲しくてたまりませんよ。

気にしない奴なんて居ませんよ。じゃなきゃわざわざテストで満点なんて取らない」

「そう?むしろこれから課題をやらずに済まそうとするために満点を取って、教師に文句を言われないようにしたようにしか思えない」

………図星です。

「図星かな?……まぁそんなことはどうでもいいんだけど。別に要求を取り下げて欲しくて提言しているわけじゃない。私たちに負担を掛けないために気を遣って配慮したことに少し腹を立てているだけだ」

「いや、気を遣ったとかそんなんじゃないっすよ。ただ単に他に思いつかなかっただけでそこまで深く考えていたわけじゃないです」

「過程はどうでもいいんだよ。結果こうして後輩に舐められたわけだし」

「舐める?何のことですか?」

「先輩に対して迷惑かけないように〜とか、

負担を減らさなきゃ、とかそれは舐めてると同義だ。後輩の前でカッコつけなきゃそれは先輩じゃない。ましてや可愛い後輩の前ではね。勝手に先輩をこの程度と見当違いに見切って、何でも要求を呑むとまで言ったのに気を遣われちゃ先輩としてはお終いだ。今回はまぁ面白かったから特別に見逃してあげるけど……………次はないよ」

「いや、まじで舐めてないんですって。誤解ですよ誤解」

「誤解される時点でアウトなのさ。誤解はする方ではなくさせた方に責任がある。この場合、君に責任が負うわけだ。今回なんて招くどころか歓迎していたようにも思えたけど」

「左様ですか……、取り敢えず謝っておきます。すいませんでした」

「なに、その適当な謝罪………」

「今後はこのようなことがないように日々精進して行く所存です」

こんな風に茶化さないとダメージがでかすぎて少しばかり辛い。

「なに、その問題を起こした政治家が言いそうなセリフは」

「では、そろそろほんとうにお暇させていただきます」

これ以上言及されないように会話を切り上げる。普通後輩からこんな対応したら説教ものの愚行だったが会長は気にもせず、これ以上引き留めることはしなかった。

「ああ、悪かったね引き留めて」

「いえ、身になるお話ありがとうございました。胸にでも留めておきます」

「そうしときな。別に私だけに限った話じゃないからねぇ。君の義姉ぎしである副会長にも当てはまるだろう。先輩は後輩に頼られれば気持ちいいもんだってことを、それと後輩は先輩を頼ってもいいってことを覚えておきな。君には誰かを頼るっていうのは難しいかもしれないけれど」

「………そうっすね」

「じゃあね。明日は休みだ、しっかり休息を取り給え」

「ええ。ありがとうございました」

先輩かいちょうからのありがたいお言葉を頂戴し、今度はしっかりと帰宅することができた。

会長の言葉を全て理解できたわけではないけれど、舐めていたというのはどこかであったのかもしれない。相手の力量を勝手に把握したつもりになっていた。ましてや先輩相手に。これほど失礼なことも滅多にないほどに愚かだった。俺如きがあの会長のことなど測ることすら烏滸がましい。

そして会長に限った話でもない。俺の周囲にいる人間、紅や藍やルカ、瑠璃や桃染先輩、名も知れぬ恩人のことも勝手に理解したつもりになっていたのではないか。俺が誰かを頼ることができない理由は多分そこに起因しているのだと思う。誰かに頼るくらいなら自分でやった方が早い、と他人を見限っていたから。だから頼ることができない。それに、人を頼った時に失敗をした時その人を責めるのは忍びない。決して俺が優しいからとかそんな理由ではない。俺が頼ったばかりに入らない罪悪感を与えてしまいかねないと思うからだ。だからこそ成功するにしても失敗するにしても俺一人だけでいい。楽だしな。

夜空には星が幾つも輝いていた。互いが互いを支えるように明るく照らし合っていた。

ただ一人、月だけはそこに交われずにいた。

何のために光っているのか、誰のおかげで輝いているのかも分からずに。まるでどこかの誰かのようだった。

ルカを背負いながら、そんなことを考えていた。

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