第46話

再び、この空間には俺一人となった。

暫く、彼の言葉について思案した。

確かに、俺は期待していたのかもしれない。

この、常識が通じない世界なら、こんな俺でも変われれるのではないかと。けれど、そんな事もなく。ただ、俺は俺として生きているだけだった。なんの変化もなく。

この学校に入学してからというもの、厄介ごとに巻き込まれ、平穏な日々を送ることもままならなくなっていたが、それでもこの日々は無駄ではなかった気がする。

今は先ほどまでの苛烈な空間はなく、一面、白に覆われている。白々しいほどに。

この空間において、確かなものも正しさの基準も存在し得ない。けれど、今、この一瞬は間違えていないと思えそうだ。

ならば、そろそろ目を覚ます時分だろう。

目を覚まし、夢から醒める頃合いだ。



携帯に、着信が三件入っていた。

いずれも集合を旨とする内容だ。

形式的、内向的、高圧的。それぞれがそれぞれの持ち味というか、性格が表れていた。

約一名、連絡先を訊いた覚えも訊かれた覚えもないのに登録されている事に不気味さを感じているが、あの人に関しては何をか言わんやという気がする。何なら、俺の黒歴史まで把握されていても驚かない。

「ま、いいか」

個人情報が保護どころか反故されている状況を一言で済ませてしまうのも些か軽視し過ぎている気がするが、何事につけ重く見過ぎるよりかは幾分かマシだろう。

未だ熟睡しているルカを横目に、起こさぬよう部屋を出る。既に刻限が過ぎ、閉会式なるものを執り行いこのイベントは終了となる。

ガチャリ、と電子音を聞き、靴紐がほどけたまま階段を降りる。

夏も近いとは言え、陽が傾き空を藍色へ染めている。日中は聞こえていた姦しい歓声というか喚声はなりを潜めていた。むしろ閑静なイメージを与えられた。

寮を出た後、今朝集まった場所へ向かう。

半日通らなかっただけで、数年振りに歩いたようなノスタルジックな雰囲気を感じる。

集合場所に近づくにつれ、喧騒はより大きくなる。若干の辟易を感じ、このままばっくれてやろうかと思ったが、あの生徒会コンビに何されるか、今考えるだけで身の毛もよだつ。

さて、と。そんじゃあ行きますか。

一歩、二歩、三歩。近づくにつれ生徒たちは声をひそめる。

え?どうしたん?まさか部屋で寝ていただけでここまで大規模に嫌われたのか?

………おいおい、冗談だろ。好かれていないこそすれ嫌われる覚えは無いんだが。

授業、休み時間、放課後、全て通して大体机に突っ伏して眠っている俺に有害性なんて皆無だろう。昼休みは、先輩と外で食べてるから、教室には居ないし………。

まさか、存在してるだけで煙たがられてんのか。焚き火か、俺は。ビニール袋燃やしてやるぞ。なんなら延焼させてやろうか。

なんて、ふざけていられる間はまだ笑えるのだが、これがもし本当に嫌われているならどうにかすべきだろうか………、いや、別に良いや。嫌われていた方が気楽だし。

ただ気持ちが良くないのも確かだ。

現に今現在の状況なんてその最たるものだ。 しかし、その正体不明の気分の悪さの原因はすぐさま判明した。

「それではー、逃走成功した鬼も帰ってきたようですし、閉会式を始めまーす」

この間延びした声は開会式で聞いた声ではなく、その右腕である人の声だ。

どことなく悲壮感を感じるのは何故だったか、心当たりがあるはずなのだが、どうにも思い出せない。すでに忘却の彼方のようだ。

「えー、今回逃走成功した鬼は一年の千草くんでーす」

疎らな拍手と共に俺へ注目が集まる。

こっちゃこいこいと言わんばかりに手を招かれたのでスルーするわけにもいかず、渋々観衆の眼前へ赴いた。

観衆の前で横に並ぶのは若干気恥ずかしさを感じたが、副会長は気にするそぶりも見せない。オンとオフの切り替えが仕事を行う上で大切なんだろうが、相手側からすればやや興を削がれた。

「では、何か一言お願いしまーす」

「特にないです」

ヒザ蹴りされた。

しかも太腿に。めっちゃ痛い。それは禁じ手だって。手じゃなくて脚なんだけどな。いや、やばいって。足の力が抜けて、立てなくなりそうだ。

そういうことするなら、マジでエロい命令出すぞ!

副会長の方を一瞥すると、あいも変わらず笑顔のままだが、その笑顔の意味合いが今となっては違うんだな、と容易に推察できる。

言外に『何か言えよ』と脅されていた。

「では、何か一言」

「別に」

「何か一言」

「え………」

「一言」

「…………」

「一言」

こえーよ、リピート再生か!オートリバースしてんのか!

「え、えっと、う、嬉しいです?」

つい、疑問形になってしまった。

「はい。ありがとうございましたー」

副会長の、淡々とした司会っぷりで俺の発言は綺麗に流された。ロボットと会話しているようだった。いや、会話と呼ぶには些か言葉のキャッチボールが出来ていない。千本ノックをされている気分だった。

なら、強要しなければ良かっただろ、と思わなくもないが長居を強要されるよりかはマシなので素直に従った。

その後はこのイベントの総括をし、晴れてこのイベント、オリエンテーションは終わりを告げた。

何の変化もなく、何の問題もなく、何も変哲のなかったイベントだったが、何の意味もなかったわけではない。

胸に灯る微かな熱が、高揚感が、それを証明する。それは逃げ切った優越感からでもなく、自分の実力を発揮できた陶酔とうすい感からくるものでもない。その気持ちに名前をつけることが出来ないが、確かに存在し、実感できた。

こんなイベント一つで自身が変われると思う程楽観していないが、ほんの些細なきっかけになり得るのも事実だ。

こんな気分で帰るのも悪くないな、と思う程度には、参加して良かったと、そう思えた。


ーーーーーが、そんな淡い希望は簡単に打ち拉がれた。

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