第39話

「その後は部屋でいちゃラブしたと」

「ははっ、まさか。俺は鶏の生まれ変わりと呼ばれる男ですよ?」

「じゃあ、三歩歩けば忘れちゃうんだ」

「その通りですね」

お互い肩を竦めながら軽口を叩いた。

会話の中に本音がないというのは楽で良い。

「ふーん、そっか。うん。大体分かった」

「そうですか?自分で言うのもなんですけど

大分お粗末な説明だったように思えますけど」

「いいや。よーく分かった。………君がどれだけ愛されているか、ね」

そう言い、勢いよく席から立ち上がる。

「今日は悪かったね。わざわざ休日に呼び出して」

「別に構いませんよ。どうせスケジュールは空白でしたし」

俺もコーヒーを飲み干し、財布というより学内専用の端末を取り出した。

「あ、いいよいいよ。ここは私が払うから」

「お気持ちだけで結構です。貸し借りは無しでいきたいですからね、ええ。あなたに貸しを作ったら後々が怖い」

「おー、かっくいー。じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」

皮肉げにそう言って端末を懐にしまい込み、

店内を出て行った。店内には俺一人取り残されていた。

………誰もあんたの分払うなんて言ってねぇけど?

だがここで追いかけてもみっともないことこの上ない。

仕方なく二人分の会計を済ませ、俺も後を追った。

「それじゃあ、今日はこの辺で」

「うん」

お互い寮生活なので向かう方向は同じなのだが、何となく別れの挨拶をした。

「っと、その前に。一つ聞きたいことがあったんですけど」

危ない危ない、危うく大事なことを聞きそびれるとこだった。

「ん?何かな?」

「あの……能力者に情報を流したのあなたですよね」

思えば、今回の件に関する元凶とも言える、

情報提供。

証拠も裏付けも根拠となるものも一つとして存在しないが、それに関しては妙な確信があった。

要は消去法も立派な方法だということだ。


「うん、そうだよ」


悪びれることなくきっぱりと即答した

「……そうですか。これでようやく全て繋がりましたような気がします」

「そう。私には何のことだかさっぱり分かんないけどな」

その言葉の割には、困った様子もなく、むしろ楽しげな笑みを浮かべていた。

「あ、あと、それと」

「まだ何か?」

「すいません。最後にもう一つだけ」

「一つじゃなかったの?」

俺を嗜めるような表情はいつもよりも幼くあどけないように映った。

「すいません。これで本当に最後です」

俺が今日の話に乗ったのは最初から最後までこれが聞きたかったからだった気がする。


「あなたにとって幸せって何ですか?」


名も顔も知らぬ彼女が求めていたもの。

稚拙な独白、慟哭の中で最も印象に残っていた。

幸せになれなかった。

確かにそのようなことを言ってた気がする。こっちもいっぱいいっぱいだったので、あまり記憶力には自信がないのだが。

あれ以来その言葉の意味をずっと考えていた。

俺にとっての幸せ、誰かにとっての幸せ、彼女にとっての幸せ。

どれだけ考えても答えは出ず、現れるのは新たな問いだけだった。考えれば考えるほどに分からなくなる。泥沼にはまっているような感覚。

今それを聞いたのは、彼女だったら答えを知っているのではないかという希望的観測に基づくものだったのかもしれない。

結局のところ彼女に聞いたからといって、それが俺の、誰かの、彼女の幸せになる訳もなく。だから、その行為に意味はない。

ただそれでも聞きたかった。

「………幸せ、ね。どうなんだろうね、そん

なの興味もなかったからなぁ。ふむ、強いて言うなら。そうだな………」

しばし考える仕草をした後、一呼吸置いて。



「 」


「………そうですか。ありがとうございます」

「満足のいく答えを聞けたのかい?」

「ええ。満足も満足、大満足ですよ」

「そりゃ良かった」

「それじゃあ、今度こそ、さようなら」

「うん、じゃあね」

軽く手を挙げ別れを告げた。

彼女の答え、ある意味では期待外れで、ある意味では予想通りだったと言える。

額面通りに受け取るなら、その言葉の意味は理解できた。かつての俺も近しいものを望んでいたから。けれど、彼女の場合においては額面通りに受け取るなんてことは出来ない。

いつだって彼女の言葉には裏があって、理解するには表面部分は意味を成さなかった。

あの願いが本当に望んだモノかは判断がつかないが、それでも、聞いてよかったと、聞けてよかったと率直に思った。

充足感に包まれながら、寮へ向かう。

幸せ、ねぇ。果たして何なのだろうか。

富を得ることを幸せと呼ぶ人もいれば、

世界が平和になることを幸せと呼ぶ人もいる。酒池肉林をしあわせとよぶ人だっているだろう。日常の生活を幸せだと呼ぶ人も勿論いる。どれが正解と言えるわけでもないが、どれも正解だと言えないのも事実だと思う。

例えば、俺が世界を幸せにしたって、世界が俺を幸せにしてくれるとは限らない。

結局は多様性なのだ。

でも、まあ、幸せが無条件に素晴らしいとは言い難くもある。

幸せ、つまり現状に甘んじて満足してしまう事なのだから。

俺は決して向上心のある人間じゃないし、

上を目指そうなんて一切思わない。

今の微温湯のような生活も割合気に入っている。人は身の丈に合ったステージに立てばいい。 身に余る幸福は身を滅ぼすだけだ。

…………さて、ネガティヴ論終了。

ほんと、この性格は嫌いではないが、こういう、言葉の意味をネガティヴに捉えてしまうこの感性を手放しに野放しにできないのが玉に瑕だ。まぁ、無条件に肯定的になるよりかは幾分かマシなように思えるが。

個性は大事にしないと!

………ああ、そうだ。忘れていた。

ふと、部屋で一人、留守番をしている少女の顔が浮かび上がった。俺は寮へ向かう足を止め、休日で賑わっているであろうエリアへ逆進した。

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