第38話

「と、まぁこんなところですかね」

「ふうん、なるほどなるほど。

随分と楽しそうだったねぇ」

「どこがですか。こちとら二回も直接的に危害を加えられているですから」

今、苦い表情をしたのはブラックコーヒーを飲んでいるだけではないと思う。

俺は、俺たちは今敷地内にあるカフェにいる。室内には落ち着いたジャズが流れていて、客層も割合地味な印象を受ける。

今話しているのは後日談、というわけでもないがそれに似たようなものだ。敢えて言うなら報告だ。

休日ということもあって、店内には何人か生徒も見受けられる。

当初誘われたときは驚いたが、内容を聞いて

あまりに事務的なので引き受けた次第である。

会話相手が相手なのでチラチラ視線を感じるが気にするそぶりもない。

「それで?その後は?」

「は?その後?」

つい驚いてしまい復唱してしまった。

粗方説明し終え、今すぐにでも帰りたい気分なのだがそうさせてもらえない。

きっとそれを見越しての質問なのだろう。

その後、そのことを忘れているわけではないが思い出したくないことなので既に記憶の奥底に沈ませ眠らせた。

それを思い出すように、ふと窓の外に視線を向けた。



「……今日は助かりました」

特別棟の廊下を歩きながら、そう言った。

俺にしては珍しく、社交辞令でも照れ隠しでもなく本音だった。

あのまま刺されていたらどうなってただろうと思ったら………。

余計なお世話だったとか、助けてもらわなくてもどうにかしていたとか、そんなこと言うほど天邪鬼でも恩知らずでもない。

「まぁ気にすんな。 ………カッコいい恩人なら、当たり前のことだろ?」

シニカルに薄く笑った。

「そうそう。ろくでなしの近くにいる先輩なら、こんなの当たり前のことだよん」

そしてもう一人は朗らかに微笑んだ。

………ほんと、この人達には頭が上がらないわ。

この笑顔を見られただけで、刺された甲斐があったと思えてしまう。

「つーか、平気なのかよ」

「何がですか?」

「いやよぉ、治したとはいえ痛みまではとれてないはずなんだが。それで女子一人背負うのは中々キツイと思うんだけどな」

「あ、そうなの?痛みはとれないんだ。

私より便利そうな能力だと思ってたけど、

そうわけでもないんだ」

「おお。表面上は治せるが、痛みはとれないとこが玉に瑕なんだよなぁ」

道理で頭も腹も痛いわけだ。

てっきり医療ミスだとばかり思っていたが、そういうわけでも無かったらしい。

「大丈夫ですよ、女子一人くらい。

それに少しはカッコつけさせて下さいよ。

………二人に全部持ってかれたんだから」

つい拗ねるような口調になった。

いや、だって、割に合わないだろ。こっちは刺されてんのに結果的に引き立て役になったわけだし。

「ていうか、あれ聞こえてたんですか?」

「あれって?」

可愛く小首を傾げながら問い返された。

本来なら、質問を質問で返すな!と本気で怒っているとこだが今回見逃してやろう。

「言わせないでくださいよ。

こっちだって恥ずいんですから」

「はっはっー。あたしのことそんな風に思ってたとはなー。こっちとしちゃ嬉しい限りだぜ」

「………私、別に褒められてなかった」

そこ気にするとこ!?

「いや、絶賛でしたよ。大絶賛でした。

俺が誰かを褒めるなんて、明日は槍が降ります」

「それ、自分で言っちゃうんだ……」

「ええ、まあ。それが俺の味です」

「あっそう」

軽くスルーされた。

「それよか、あいつはどうすんだ?」

「別にどうもしませんよ。もう一度ちょっかいかけてきたら………本気で潰します」

「出来るのかねー、お前に」

「さあ、どうですかね。でも、まぁ、もう近寄ってこないでしょう。多分」

「そうだね。私たちでボコボコにしたからね。ボコボコに」

「してないでしょう、そんなこと。記憶の捏造はやめてください」

実際、あの能力を使えば余裕で出来たんだろうが、そもそもあの身体に攻撃しても意味はなかっただろう。

「なぁ、保健室にコイツら置いとくか?」

「いや、俺の部屋まで連れてきますよ。

この時間に学校に放置するのも余りに酷でしょう。それに………言っておかなきゃいけないこともありますし」

背中に背負っている少女に視線を向けた。

今回は俺が原因で巻き込んでしまった。

それについて思うことがないほど無自覚で無神経な人間では俺はないはずだ。

「手間だと思うんですけど……ルカも連れてきてくれますか?」

「ルカ?……ああ、このちっこい女の子か。

別に構わねぇよ。そんくらい」

「ありがとうございます」

ほんと、今回はこの人に助けられてばかりだ。

「先輩はこの後帰るんですよね?」

さっきから妙に静かで不気味に感じたので、

先手を打っておく。

「は? いやいやいや、私も部屋に行くよ」

「………なぜ?合理性がないでしょう」

「へー、それが助けてくれた先輩に対する態度か。……………あー、分かった!

自分の部屋でこの二人にいやらしいことするつもりなんだ!だから部屋に連れて行くつもりなんだ!犯罪者だ!性犯罪者だ!」

「ち、ちょっと黙れバカ!

周りに誰かいたらどうするつもりなんですか!」

放課後の特別棟とはいえ人がいない確証はない。こんなこと聞かれたら学校から追放だ。

それどころか社会からも追放される。

それでも尚黙るつもりもないらしい。

「今帰ったら、うっかり誰かに話しちゃうかもなー。どうしよっかなー」

凄まじいまでの棒読みだ。

あ!今すぐ後輩の部屋に行けば喋らずに済むかもしれない!」

「………ウゼェ」

「…………何か言った?」

そう言い、凍えるほど冷たい微笑をした。

それを見て本能的に危機回避行動に出てしまった。

「い、いえ!何も言ってません!」

俺は視線を逸らし、小声で漏らしたがそれも聞こえていたらしい。

ドラクエのCPUのように、こちらが折れなきゃ埒が開かなそうだ。

「はいはい、分かりましたよ。来ればいいじゃないですか。何もない部屋ですけど文句言わないでくださいよ」

「分かってるって」

……ぜってー分かってねぇ。

部屋に着いたら確実に文句言うだろ。

その笑顔には裏があるようにしか見えない。

……………まぁ、いいか。

その後も単発的で散文的な会話をしながら、

学校を出てその足で寮に向かった。

夏も近いというのに外は既に暗く太陽の姿は見えない。

少しばかり長居しすぎた感が否めないが、しょうがないということで。

通学路には人通りがなく皆もう家に帰ったのだろう。俺たちもその習慣に合わせ自室へ足を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る