第32話

翌日、あの強面教師の言う通りにルカを連れて教室へ向かった。

教師命令とあらば、こちらとしても断る余地が無い。ルカにも話をしたが俺が抱いた感情が真反対で、楽しみだ、とか言っていた。

ということでルカ自身の意思は確認出来たが

俺個人の問題と言えばやはり学校に着くまでの道のりだろう。片道二、三分とは言え、

どの生徒もスタートとゴールが共通している

ため、途中の通学路は登校時間帯には人がホコ天並みに入り混じっている。

その中に、少女を連れた男が歩いてたら

その周りだけぽっかりと虚ろな空間が生じる。さながら台風の目のような。

それだけならまだマシだが通報でもされたら面倒だ。

ということで、いつもなら授業開始五分前に

家を出ている所、今日は四十分前に出て、

人目の少ない時間帯を狙った。

それでも人が全くいないという訳ではないが

気休め程度にはなるだろうと浅はかな作戦だ。俺自身、朝が強いというわけではないが、むしろ休日は午後まで寝てるなんてざらもざらだが、それでも授業をサボることはあれど遅刻だけはしなかった。

ただルカはどうなのだろう、と思っていたが(子供は朝が苦手な印象[偏見]がある)そんな心配は杞憂に過ぎた。

ルカを起こすためいつもより一時間早く起きようとしたが、寧ろ俺が起こされた。

学校に行く事がそんなに楽しみなのだろうか。一体何時に起きていたのか…。

俺にとってはもう無くしてしまった感情だな。因みに学校からルカの分のベッドだか布団だか、支給されると言っていたが、流石に一日で届くはずもなく、止む無く同じベッドで寝た。お人形さんみたいな少女が横にいる

せいで寝ようにも寝れなかった。

幻想殺しさんのように浴槽で寝るべきだったかもしれない。

そして朝食もそこそこに、二人揃って登校。

時間も時間なので、校舎の目の前のグラウンドでは運動部(おそらく野球部か陸上部だろう)が走っている。

その他の部活も活発に活動に励んでいた。

この学校の制度のお陰か、各部真剣に取り組んでいるように見えた。

朝から身体を動かす気にはなれないので、

やはり部活に入らなくて良かったと思える。それに俺自身、この制度は努力を金で釣っているようであまり好意的に受け取れないのだが、事実、各部共に結果を残しているようなので俺も口を挟むつもりは毛頭無いが。

ただ、まあ捉え方は人それぞれという事で。

金子みすゞさんも言ってたしな。

個性、大事!

なんて、朝っぱらから気分が暗くなるような底の浅いことを考えている反面、隣の少女は

キラキラと目を輝かしていた。

小学校ぐらいは通っていたと思っていたが、

高校、というのは子供からすれば憧れに近い感情を抱くのだろうか。

側から見ると、目、どころか顔も死んでいる男と目を輝かしている少女という風に見えているだろう。中々少々異常な取り合わせだ。

ここの生徒が泰然自若なのを祈るばかりだ。

俺達は逃げるように喧騒を抜けて、昇降口に向かった。

下駄箱には何故かルカのスペースがあり、

しかもちゃっかり俺の横だった。

……どんだけ仕事が早いんだよ、ジェバンニでももうちょっと時間かかるぞ。

校舎に入ってからというもの、通学路よりも

視線を多く感じる。やはり、校内では異質に見えるのだろうか。異質というか、異常というか。まあ、そりゃそうか。

一年の教室は最上階にあるため、慣れたとはいえ男子高校生でも中々体力的に厳しいが、

それでもルカに比べれば幾分かマシだろう。

事実、ルカは既に疲弊しきっていた。

「階段、大丈夫か?」

「う、うん。多分、きっと、大丈夫……」

「本当に大丈夫か?まだ二階だぞ。

俺の教室、四階なんだけど」

それを聞いた途端、ルカは、青ざめるって

こういう事なんだな、と感じる程に蒼白していた。

「おんぶして」

諦めた。一瞬で諦めた。

人間何事も諦めが肝心とはいえ、見事な手のひら返しだった。……しょうがない。

「ってもなあ、俺荷物あるし。

今この場でおんぶしたら、揺るぎない証拠に

なり得るし。間違いなく裁判で負ける」

もうね、言い逃れが出来ないレベルになる。

でもなぁ、ここでごねられても困るしなぁ。

素直に従っとくか。

だからやめて!そんな目で見ないで!

「はいはい、分かりました分かりましたよ。

それじゃあ、鞄持っててくれ。

荷物はそこまで重くないから」

「あーくんの頭より?」

「おいおい、どこでそんな冗談覚えたんだ?

言うにしても、もっと笑える冗談にしろよ。

……え?冗談だよね?本気じゃないよね?」

十歳にまで馬鹿にされたら、生きてる価値が無くなりそうだ。……ある意味ご褒美だけどな。……って、こういうこと思ってるから馬鹿にされるんだな。

「あら、その通りだと思うけれど」

突然、下から声が投げかけられた。

それは昨日世話になった奴だった。

毒舌は今日も朝から絶好調の様子です。

「それで?朝っぱらから、少女にセクハラ

行為をして欲求不満を解消しようといている

下劣な男は何をしているのかしら?」

「人がいるところでそういうこと言うの

やめようね。っていうか俺はロリコンではな

い、年上の包容力があるお姉さんが好きだ。

断じてロリコンではない」

大事なことなので二回言った。

「あーくんに、おんぶしてもらってるの」

俺の背中に乗っているルカが満面の笑みを

浮かべる。

「彼に強要されてない?脅されてるなら

私に言いなさい。良い弁護士を紹介してあ

げる」

「ううん。あーくんに頼んだの!」

ルカが首を横に振る。

………良かった!横に振ってくれて。

縦に振ってたら、いよいよやばかった。

「そう」

一通り、罵倒し終えたのか満足げな様子だ。

……ほんと、俺をストレスの捌け口にするの

やめてほしい。捌け口にするなら、せめて

性欲で、って、マジで本気で気持ち悪いな、俺。自分でも引いたわ。

取り敢えず、階段で長居しても周りの人に迷惑なので、上に向かって歩き始めた。

「何でルカを連れてきたの?

警察に通報されたいなら、私がしてあげるの

に。わざわざ人目が付くところに連れて来る

なんて。………変態なのかしら」

「ちっげーよ、教師命令だ。じゃなきゃ連れ

てこねぇよ」

「まあ、それもそうね」

それで、と紅が話題を変えた。

「あなたの妹さんにはこの事は伝えたのかし

ら?」

「あ?妹?」

「同じクラスの藍さんは妹ではないの?」

まさか、気づかれるとはな。

でも、まあ、殊更隠すことでもないか。

……バレたくなかったが。

「ああ、そうだよ。って言っても義理だけど

な。よく気づいたな」

「なんとなくそう思っただけだけれど。

……ごめんなさい」

急に謝りだした。

珍しく申し訳なさそうな態度だ。

その真意を知りたくて問い返した。

「あ?何が?」

「いえ、聞かれて気持ちのよいものでは

ないでしょう?

家庭の事情なら尚更……」

その憂いげな表情から影が見えた。

過去の、もしくは現在にも続いている影が。

こいつ自身もきっと家庭で何かしら抱えて

いるのだろうか?そして今までにも似たような経験をしてきて、だからこそ他人の事情に対しても過剰に、過敏に反応した。

触れないように、侵犯しないように。

それは、多分、きっと。

ーーー自分も聞かれたくないから。

適度な距離をため

紅自身にどんな『家庭の事情』があるかなんて第三者には、それもただのクラスメイトには知る由も、資格もない。

精々出来ることは話題に触れない事だけだ。

「ああ、別に気にすることはねえよ」

「そう、なら良いのだけれど……」

この会話を皮切りに一切会話が発生しなかった。朝から気分が重くなってしまった。

……まあ、朝から気が楽な事なんて一度も無かったけどな。

ルカをおんぶしたまま、教室に着いた。

俺の席は窓際の最後尾、とベストポジションなのだが、当然のようにルカの席が横に配置されていた。

「……ほんと、仕事が早いことで」

俺の背でいつの間にか寝息をついているルカを起こして席に着いた。

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