第31話

「ただいまー」

本来ならもう少し帰るべきだったのだろうが

少々柄にもなく喋りすぎた。

見た目は怖いが、まあ慣れたら喋りやすい相手だった。

玄関に着き、部屋の異変に気付いた。

「なに、夕飯作ってくれたの?」

俺の部屋の数少ない家具、申し訳程度にあるテーブルの上には家庭的な料理が並べられていた。

「あら、おかえりなさい。遅かったから

てっきり途中で野垂れ死んでるのかと思っ

たわ」

帰ってきた瞬間、この毒舌だ。

こちらが頼んだ手前、強く出られないのだが

それにしても限度はあるだろう。

「いつからこの学校はジャングルに変わった

んだよ。学校に虎でもいんの?」

「何でもいいから、冷めないうちに食べなさ

い」

俺の反論も虚しく、スルーされた。

まあ、いいけどね。

「おう。てか料理できんだな。

意外というか、なんと言うか……」

「あら、心外ね。私は家事全般、何でも

出来るわよ」

そう言って誇らしげに胸を張る様を見て、

微笑ましく感じてしまった。

まるで母親に自慢する幼子のような。

やっぱこいつも同い年の高一なんだよな。

そんな事を考えてると明るく幼い声がした。

「あーくん、おかえりー!」

ああ、娘に迎えられるってこんな感じなんだなぁ。もう捕まっていいからずっと家にいて欲しい。

「おう、ただいま。良い子にしてたか?」

「うん!このお姉ちゃんが遊んでくれた!」

「そうか」

今までのルカの発言を聞いて、引っ掛かりを

覚えた。多分それは、実年齢よりも幼い、

という事だと思う。

十歳といえば大体小学三、四年生ぐらいだったか。それにしては発言が幼稚というか、

拙い印象を受ける。

個人差だと言われればそれまでなのだが

これが能力の弊害という可能性も無きにしも非ず。とはいえ俺個人に解決できる問題だと思えないが。

まあとりあえず飯だな。

「悪いな、わざわざ作ってくれて」

「別に。こんなの何でもないわよ」

こんなの、と言っても俺が作れるかと言われればそれはノーと答えざるを得ない。

それぐらいの腕前だ。食う前から分かる。

「んじゃあ、いただきます」

俺は両手を合わせて言った。

小さいからの教育の賜物で、こういった礼儀作法は厳しく躾けられた。

メニューはオムライス、野菜スープ、シーザーサラダといった一般的だがとても美味そうだ。

実際に食べてみたが、味は想像以上に美味しく、味付けも俺の好みに近い。

「毎日この飯が食えるなら結婚した奴は幸せ

だな」

「な、な、何言ってんのよ!

これぐらい誰だって出来るわ。まあ、あなた

には人並みを求めるのは酷よね。

それに、そ、それにいきなりけ、結婚とか言

われても……」

顔を赤くしたと思ったら、早口でまくし立てて、忙しい奴だった。それに最後の方は、

モジモジしてよく聞き取れなかった。

「ん?何言ってんだ?」

一度咳払いを挟み、何事も無かったかのように、いつもと変わらないように振舞った。

「?、何のことかしら?」

「おまえ、それ無理あると思うぞ」

今更取り繕ったって手遅れだろう。

取り繕ったものは簡単に剥がせる。

メッキと言い換えてもいいが。

このまま掘り下げるのも後々面倒だと思ったので、会話先を変えた。

「ルカ、美味しいか?」

「うん!美味しい!」

紅の手料理はルカにも好評のようだ。

最初はどうなる事かと思ったが二人の距離も

縮まったようで一安心だ。

夕食を食べ終わり、七時を回った。

流石に片付けまでさせる訳にはいかないと

思い、紅は片付けまでやると聞かなかったが

それをどうにか断った。

「それじゃあ、そろそろ帰るわ」

「そうか、今日はありがとな。

助かった。飯も美味かったし」

「そう。助けになれてよかったわ」

そう言い、年上のお姉さんのような

優しい柔和な笑みを浮かべた。

俺は思わずドキリとした。

ほんと、勘弁して欲しい。

そんな顔を向けられたら、心が揺れ動いてしまう。

俺は誤魔化すように顔を背け、部屋にいる

ルカに声を掛けた。

「ルカー。お姉ちゃんに挨拶しろー」

そう言うや否や、素早く玄関まで走ってきた。そして、紅の袖を掴んだ。

「お姉ちゃん、今日はありがと!」

屈託の無い笑みを浮かべながら、感謝の言葉を述べた。

「ううん、こちらこそ楽しかったわ。

時間があればまた来るわ」

ルカの目線に合わせるように屈み、頭を撫でた。

「では、お邪魔しました」

「いや、こちらこそ助かった。

部屋まで送ってく」

そう言うと紅は首を横に振る。

「いいえ、必要ないわ。すぐ近くだもの。

それともルカちゃんを一人にさせるつも

り?」

言葉の割に、責めているという風でなく、

軽い問いかけのようだった。

「そうだな。時間も時間だしな。

じゃあ、気を付けてな」

「ええ」

そう言い玄関を出た紅を、背中が見えなくなるまで見送った。

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