第30話

「どうしてルカはこの学校にいるんですか?」

時間は既に夕刻。

外を見れば、太陽が地球の裏側へ向かい、

この空を闇に染め上げようとしている。

校庭には既に人影らしいものは無く、

木々の声だけが風に流され、響いている。

グラウンドは闇に覆われ、先程までの活気溢れる印象は失われ、薄気味悪く感じる。

あるはずのものが無くなると、例えそれが

原点回帰したもので、本来在るべき姿だと

しても人は簡単にそれを受け入れられない。その様を異様に感じてしまうだろう。

逆もまた然りだ。

有るものは有って、無いものは無い。

なぞなぞのように聞こえるかもしれないが、

この世界に置いて、当たり前、真理なのだ。

有って然るべきものが無いと、無くて当然のものが有ると、それだけで世界の歯車が乱れる。小さな、けれど余分な歯車が一つでもあると歯止めがかかり、全体が回らなくなる。

まあ地球規模で見ると、人間は存在しない方がいい生物だという議論があるが……。

つらつらと取り留めないことを考えてるから

てっきり兼好法師にでもなってしまったのかと錯覚したぜ。

そんなどうしようもない事を考えてしまうのは現実から目をそらしている証左だ。

俺は質問をしている実、答えて欲しいと思ってないのかもしれない。それに、知ってどうするつもりなのだろう。

どんな事情であれ、10歳にしてこの場所に

足を踏み入れてる事は異常であり、尋常ではない。

勿論、一般人から見れば少し変わった制度を取り入れている進学校、という印象を抱くだろう。もしかすると在学生も同じ印象を持ち

生活しているかもしれない。

無論、それが当たり前の共通認識で違う見方をしている、俺みたいな人間は少数派なのだろう。

ただ俺はこの高校の違う側面を知ってしまった。

能力者。

アニメやドラマで観てきた人類の上位種。

物理限界を超え、常識を超えた人間。

そんな中二病じゃあるまいし、いるわけないと鼻で笑っていた存在。

しかしこの高校に入学してから、

俺のそんな陳腐な常識は簡単に崩れ去った。

俄かには信じ難いが、残念ながらこの目で見てしまった以上信じる他ない。

それにあの会長はまだ他に何か隠しているような気がする。

まあ、誰がどんな思惑を抱いているかなんて知ったこっちゃ無いが。

ただ、アニメやドラマだと最終的に

人類対能力者の構図になるんだよなぁ。

最悪、地球が滅ぶレベル。

そんな展開にならない事を祈るしかないが。

依然、答える様子がない教師を見て、俺は

疑心暗鬼ではなく安心を感じていた。

何も聞かずに、何も知らずに生活出来たら

楽だから。

知るということはその事に対する責任を負う覚悟をしなければいけない。

だから、俺は知らない事が悪いことだなんて

一切思わない。

誰かの何かを背負えるほど俺は良い人間ではない。そういう役割はヒーローにでも任せればいい。

背負えない責任を負うくらいなら、はなっから責任を負うという選択肢を捨てている。

そんな矮小な人間だ。

ほんと、ほとほと呆れる。

散々手前勝手な理論を振りかざして責任を負わない負いたくない理由を必死に言い訳をしていた、ただそれだけだったのに。


そんな人間がこの場に居るべきではないのに。それなのに席を立つどころか、答えが返ってくるまで待ち続けているなんて。

………そんな自分にただただ嫌気が差す。

俺なんかに何かを変えることなど出来ないのに。

対面に座っている教師から深呼吸のような

一息が漏れ、無意識の内に下がっていた頭を上げる。

「……くれぐれも他言しないでくれ」

一段と低いトーンで念を押すように。

「お前は生徒会長の手伝いをしているそうだな」

どこでその情報を……。

「……ええ、まあ」

この場であの会長の話題が出るということは

やはりそういうことなんだろう。

「それじゃあ、能力者の存在については

既に知っているな?」

「……はい」

ビンゴ。となると或いは、ルカも……

「既に会長から聞かされてるかも知れんが、

この学校にはそういう生徒がいる。

どんな過程を経て現れるかは、全く見当が

つかないが。

アニメでもあるだろう?

能力を得た人間は、力に溺れ道を踏み外す、

という話を。

そうなる前に対処をする必要があるが……。

だが能力者の存在を知っているのは、

教師の中でも俺も含めても僅かだ。

生徒の中にも気づいている奴もいないとは、

限らないがな。

それに教師が大々的に動くわけにもいかな

い。もしも情報が漏洩して、万が一全校生徒

にでも知られたら……。

まあ、想像は難くないだろう……」

「つまり、ルカも能力者だと」

「まだ確定したわけでは無いが、そういう

情報が入ってきた」

「そもそも、なぜこの学校に?」

「さあな、上に聞かないと何とも」

お手上げだ、と言わんばかりに手をひらひらと振っている。

上、つまり教頭、校長レベルに聞かなければいけないと。

「あの子の能力が分からない以上、

下手に手出ししたら甚大な被害を及ぼすかも

しれん。一般人がそれを知れば、あの子を

処分しようとするかもしれない」

「処分って、動物みたいに言わないでくださ

い。あいつは人間だ」

まるで人外であるようなそんな物言いが気に障った。

「なあ、一つ聞いていいか」

仕切り直すような話題の切り替えだ。

試すような、品定めをするような視線を向けられ居心地が悪く、身じろぎをした。

「能力者は人間か?」

あまりにも単刀直入な質問に、数瞬思考が停止した。ただこの質問に悩んではいけないと、断言しなければ俺の本心だと悟られなくなってしまうと思った。

「当たり前でしょう。人よりも少し優れた

長所があるだけの、ただの人間だ」

俺がそう言うと、強面とは思えない程の柔和な表情を浮かべた。

「その分だと、きっと能力を目の当たりに

したんだろうが……。

それでもそう言ってもらって、良かった」

「何ですか、急に。気持ち悪いですよ」

本来なら教師に対してこういう言葉を言うべきではないのだろうが、こうして茶化さないと照れてしまう。ていうか、ギャップ萌え?

え、何それ。そんな需要あってたまるか。

俺の言葉に分かりやすいほど顔を赤くした。

「うるせ!俺の権限ですぐに退学にさせるぞ!」

教師にあるまじき発言だった。

「それ、生徒に言っていいセリフじゃないですよね?」

うん、なんかもうお互い様でいいんじゃないか?

「んじゃあ、ひとまず聞きたいことは聞けたんでそろそろ帰ります」

かれこれ一時間近くたっているのだろうか。

差し込んでいた陽射しは既に跡形もなく、

太陽諸共、水平線に沈んでいる。

空には頼りなく輝き始めた星が幾つか視認出来た。

「ああ、そうだ。 ルカが能力者の疑いがある

なら、俺が授業中はどうすんですか?」

流石に俺の部屋に一人で留守番させるわけにもいかない。最悪、帰ったら部屋がありませんでした、なんて事にもなり得る。

「何かあった責任を俺に取れ、なんて言う訳

ないですよね?」

「当たり前だろ。けど、ああ、その事は考え

てなかったな」

ガシガシと頭を掻きながら目を逸らした。

「部屋が壊されてた、とか勘弁して欲しいん

ですけど」

俺は肩を竦めながら言った。

「学校で預かるのがベストなんだろうが、

生憎手が空いてる教師がいないしな…。

もう連れてこいよ?」

随分と簡単に、水爆レベルの爆弾を落としていった。

「はっはっはっ、どうせ言うならもっと

面白い冗談を言ってくださいよ。

若い子にはウケませんよ。………ていうか、

笑えない」

このまま話が進んだら、翌朝の朝刊の三面に俺の名前が載ってる未来が見える。

いや、少年法で名前は載んないんだっけ?

あれって15歳は適応されんの?

「まあ、一日だけ連れてこい。

教師命令だ。担任には話は通しとく。

……そうだな、親戚を預かったとか、言い訳

としてはそこら辺だな。

授業も隣で受けろ。何が起きるか分からんし

な。出過ぎた行動は擁護しきれないが、

大目に見るよう言っておこう」

「はあ、お気遣い感謝しますが、

大丈夫なんですか?」

「何がだ?」

「いやほら、ルカからしてみれば、大きい

お兄さんお姉さんに囲まれるわけだし、

人見知りとか……」

不安材料はこれだけではないのだが、

それでもこれが一番の懸念だ。

俺の問いに、は?何言ってんのこいつ、みたいな顔で言った。教師とはいえムカつくな。

「それをどうにかするのがお前の仕事だろ」

おいおい、俺に丸投げですか。

「無茶過ぎますって。俺、兄妹とかいたこと

ないし、どう接していいか分かりません」

「ん?お前のクラスに、同じ苗字の女子が

いるだろう。あの子は親戚とか、そういうの

じゃないのか?」

何で俺のクラスのことまで知ってるんだよ。

ここで兄妹である事を明かすべきか、

けど、まあ言う必要はないか。

「え、ええ。関係ないですよ。

ただ苗字が同じってだけです」

俺の返答に特に疑問を持つ事なく頷いた。

「そうか、それじゃあ俺から一つ質問する。

あの子は今一人なのか?」

今、というのは俺の部屋で一人で留守番しているのか、という事だろう。

「いや、今はクラスメイトに頼んで面倒見て

もらってます」

俺のその言葉のどこに反応したか分からないが雰囲気から察するに地雷を踏んだらしい。

「そのクラスメイトにはなんて事情を説明し

ているんだ?」

その声のトーンは先程よりも低い。

表情も険しくなっているのも相まって、

凄く怖い。

「え、えっとですね。向こうは多分、俺が

誘拐したと勘違いしてると思いますよ。

だ、だから能力の事とか言ってないんでその

拳を引っ込めてください!」

今にも食われそうで、獣の檻に一人丸腰で入ったような、そんな雰囲気。

俺の必死の弁護が通じたのか、鬼の形相は

解除され拳も今となっては硬く閉ざされた状態ではなくなった。

「そうか、ならいい」

「分かってもらえてなりよりです」

俺が犯罪者扱いされてるって聞いたのに、

ならいい、って……。

まあそこは置いとくとしても、

見かけによらず話は通じるようだ。

外見は、拳で語る!って感じなんだよなぁ。

「それじゃ、今度こそ帰ります。

大分暗くなってきたんで」

「そうか、ご苦労だったな。

明日、もし連れてこなかったら。

………分かってるだろうな?」

あれ?なんでだろう。急に汗が流れ出してきた。額にもジワリと水滴が付いている。

どっかの誰かさんのような、凍える空気ではなく、むしろ暑すぎるオーラを感じる。

俺の周りの奴もみんな能力者なの?

それとも、悪魔の実でも食った?

俺は一礼をしてその場から逃げ出すように

帰った。

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