第30話
「と、とまあ、コイツ! こいつが明智光秀じゃ! 自己紹介せい、光秀!」
「え、あ、あの、その、よろしく、お願いします……。明智光秀、です」
「おう、よろしく! アタシはワーウルフ! N子って呼んでもいい――」
「ノーマルですか? 雑魚……」
瞬間、N子の目が閃き、アームロックが火を噴いた。
「がああ!」
「てんめえ、誰が雑魚じゃコルアアアアアアアーーーー! 気弱なら何でも許されると思ってんじゃねーぞクソ野郎! ハンパな目隠れがあ! このままこの腕をへし折ってくれるわ!」
「やめてN子! それ以上いけない!」
「て、敵は本能寺にあり!」
明智光秀渾身の右フックがN子の顔面に入った。
「おぶち!」
そしてアームロックを解除する。
「やるなテメー! 何が本能寺か分かんねんけど!」
「N子ってマジで防御力はめっちゃ低いわよね。攻めてる間は強キャラに見えるわ」
「村長さん、怖いです……」
「うん、その台詞は殴る前に言おうの?」
「ごめんねー、うちの狂犬が。この子ホント危険人物でねー。あ、私の名前は、オーディン。SSR子とも呼ばれてるわ」
「え、SSRですか」
「そうよ」
にっこりとSSR子は微笑む。
「握手してください!」
「ほほほ、いいわよ! こやつ、初い奴め! 可愛いじゃない!」
「ムカつく奴二枚抜きじゃオラー――!」
SSR子の背中から拳を突き入れ、前方の光秀にもダメージが入る超バ火力の正拳突きが炸裂した。
「あぼあーー!」
「グワーーー!」
「相変わらずじゃのう貴様らは……まあ、仲良くしてやってくれよ? 光秀と」
「おう。そっちは任せな!」
「人のこと人ごしにぶん殴っておいてよく言えたわねこの狂犬!」
「因みにお前、どこの家に行くんだ?」
殴り殴られ借りがゼロになったためか、N子はごく普通に今殴った相手に訊く。
「えっと……それが、まだ誰も他の人がいないみたいなんです。他の人が来るまで私一人で……」
「アン? 何だ一人なのか。運わりーな。一人だと退屈だろ? 他の奴来るまでウチ来るか?」
「え? い、いいんですか?」
「ああ。テメーがよけりゃ世話してやんよ。コイツこう見えてパーティーメンバーだからそこそこ金に余裕もあるしな」
「ちょっとちょっとN子! 何を勝手に決めてるの!」
「だって何も不都合ねーじゃんよ。うっせーのとうるせえのとヤベえ奴と球体兄ちゃんがいるけど、どーよ」
明智光秀は少し困ったようにSSR子を見た。SSR子は、ここ一番の優しい笑みを見せる。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
「ふっっ! 私の人徳ね!」
「何でオメーの功績になんだよ! 錬金術かよ!」
「あーら、私の包容力溢れる笑みに安心したんじゃない! SО☆RE☆NI☆KU☆RA☆BE☆TE! なーんて貴女のガサツなこと! まー、やーねー! 包容力の一つもないノーマルはこれだから!」
殺気は一瞬に集約された。N子の一撃は生身なら死に至らしめるほどの攻撃力で以てSSR子の体を打ちぬいた。
「ってなわけで、じゃあよろしくな!」
「あ、あの、いいんですか? SSR子さんの一部が液状になってますけど……」
「いーんだよ。あいつのギャグ補正はハンパないか……」
ウー、ウー、ウー、ウー。
ガチャ警報が唐突に鳴り響く。
「お、何だ、ガチャ引くのか。こりゃ表に出る手間が省けたな」
「あ、ガチャ警報ってこれですか。昨日習いました」
「毎回音が違うんだよなコレ。そーいや何でなんだ? 村長」
「ぬ? そりゃあ、ベートーヴェンの気分次第じゃからの。コレ、ベートーヴェンの声なんじゃぞ」
「マジで!? っていうかベートーヴェンなんていたの!?」
「うむ。ワシと同じく、管理人ポジじゃよ」
「伝説の音楽家にしちゃ随分適当なんだな……毎回変わるって」
そうこうしているうちに、人が集まって来る。今回のガチャでは誰が召喚されるのかを見に来ているのである。
「な、なんだか、ドキドキしますね」
「初々しいな。今だけだぜそんな呑気なこと思えるの」
見ている間にガチャ画面へ移動した。雲の中からご降臨なされるというガチャの演出に、一同の心に期待と不安が舞い降りる。
さて。今回は誰が出てくるのか。吉が出るか凶が出るか。
そして、いざ、雲が晴れる――
ギチっ。
最初の異変は、こんな鈍い音であった。
小さいが確かに聞こえた、生物の関節を無理矢理捻じ曲げたような不穏な音が、空から聞こえた。
何だ? と誰かが声を発する間もなく、次の異変が訪れる。
ガチャ画面全体にノイズのようなものが走った。
「!?」
「なんじゃアレ!?」
そして――最初の驚きから、僅かに3秒も経っていない、畳み掛けるような異変。それにざわつき始めた時のことだった。
空から、大量の人が、堰を切ったように降って来たのである。
「え!?」
「人!?」
その出で立ちは様々だったが、共通点があった。
全員が日本風の意匠の鎧。そして刀か銃を装備している。鎧の色は黒か赤が中心である。
更に――この超萌え萌え戦記では存在しないはずの「男」が複数入り混じっている。
明らかな異常事態。それに対し高速で頭を回したのは、村長だった。
「力に自信のある者は受け止めるのじゃ! それ以外は逃げろ!」
大量のキャラクター召還からたった2秒足らずの決断だった。
それに反応して、力自慢や受け止めることに使える能力がある者は残り、他は避難を始める。
「N子! 逃げるわよ!」
「え!? 逃げんのか! 受け止めろよSSR!」
「だって腕力自慢じゃないもの! 早くついて来なさい!」
そう言って、SSR子はいち早く光秀を担いですたこらと逃げ出した。
「あのクソが! 見てろ、あんな奴ら一人や二人受け止め――」
着陸まであと3秒程度。互いが互いの顔を視認して、受け止める形は整っていた。
だが、相手は、受け止められることなど想定していないような――足を先にして落ちてきている。
それを見て、村長は更に頭を1回転させた。
この者達は――下に人がいることを気にしていない。
クッション程度に考えて、踏みつけてでも着陸しようとしている――
「まずい! 全員、退避!」
「え!?」
「いいから!」
村長の素早い判断は、正解だった。
言葉に瞬時に呼応して動いたキャラクター達。その跡に、相手は次々と容赦なく着地してくる。更にそれを踏みつけるように着地する者もいて、その性格が持つエゴイズムを表すかのようだ。
一体なんだ? この者達は誰だ?
村長がコミュニケーションを取ろうと話し出そうとした、その時。
「……非もなし」
「え」
一人が呟く。
「是非も無し」
「是非も無し」
「是非も無し」
「是非も無し」
それに反応して、周りの者も――呟く。
是非も無しと。常用外の日本語を呟きまくる。
そしてこんな言葉を濫用する者を、ボックス村のキャラクター達はたった一人知っている。それは、日本の歴史上最も知名度の高い英雄であり――そして魔王と恐れられた者。
「織田信長!?」
『『『是非も無しーーーー!』』』
織田信長。
彼ら・彼女らは、一斉に周りに居たキャラクターに襲い掛かってきた。
「う、うわああ!?」
「に、逃げろーー!」
「織田信長が! 織田信長が群れで襲ってきたーー!」
今日この日。ボックス村は、織田信長に包まれた。
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