第四話・織田信長だらけ

第29話

中央広場の上空を、SSR子とN子は見上げていた。

 今日の夕食の買い出しに出ていた二人は、このゲームをしているプレイヤーが見ている画面・ガチャ画面を見上げているのである。


「……戦国ピックアップ10連ガチャ(3000円)」


 N子がぽつりと。


「1000万ダウンロード記念・SSR以上確定ガチャ(5000円)」


 SSR子が買ったリンゴをかじりながら、ぽつりと。


「引くほどSSR率アップ。ステップアップガチャ1連、3連、10連(10円、200円、2500円)」

「現イベント特攻一枚以上確定10連ガチャ(3000円)

「なあ、SSR姉貴」

「ええ、N子」


 彼女達は互いに顔を見合わせた。そして、今しがた買った買い物達を共に見る。


『高い。高すぎる』


 そして、どちらからともなく、分かり切った真実を口にするのだった。


「そーよね、高すぎるわよね、やっぱり! ガチャって! だって3000円よ!? 鶏の胸肉だったら3キロは買える価格よね!」

「たけえよな!? やっぱ! いつもほへーって見てたけど、やっぱあの価格帯はおかしい!」

「そもそも、10連一単位っていうのがなーんかアレよねー。大抵のソシャゲだと、10連で1枚、最高レアリティマイナス1ランクのが一枚確定! って謳ってるじゃない。でも大抵さ」

「ああ」

「二枚以上出るわよね。10回も引いてたら」

「しかもそれがあんまし使えなかったりするから恐ろしい」

「それが3000円……3000円! SSR確定なら5000円! 恐るべしだぜ!」

「他のソシャゲもみんなこの価格帯なんですうーー! っていう理屈なのよね、絶対! まず間違いなく10連以下のガチャって見ないものね!」

「そして最も恐ろしいものを知ってるか姉貴」

「ええ、知ってるわ」


 今、プレイヤーが動かしたガチャ画面に映っているガチャの種類。

 其れは。

 確率論の絶対破壊者。マーフィーの法則の最終証明。深淵より来たりし紙幣の貪食者。

 ボックスガチャである。


「アレの危険度はガチだ。ガチだぜ」

「当たりを引かないと次には進めない……けど! なんか妙にその当たりまでが極めて遠い気がする、アレ!」

「バタートーストをカーペットに落とした時、バターを塗った面が下になる確率はカーペットの値段に比例するというが……」

「確率とは恐ろしい言葉……とても恐ろしい言葉よ。責任逃れが出来てしまうんだもの。ああ、運が悪かったんですねー(笑)。まあそういうこともあります(笑)」

「当たるも八卦当たらぬも八卦。この言葉を考えたヤローと10連ガチャの開発者はきっと脳みその構造が似通ってんだろうな」

「ふう……」


 SSR子とN子は腰を下ろした。

 業深き資本主義社会が産み落とした、鬼子・汝の名はガチャ也。

 いつも何気なく眺めていたこの空を見上げて、二人は思いを馳せる。


「でもきっと」

「そんな理不尽すら」

「プライスレス」

「人間って、面白いわよね……」


 珍しく穏やかな気持ちになっている二人の姿。そんな彼女達に近づく影が一つ。


「ほっほっほ、今日は随分穏やかじゃの。村一の元気娘共が」

「お、村長!」


 村長である。


「いやなあ。今、SSR子とガチャの不思議について語ってたとこだぜ。村長もどうだ?」

「N子。それはかなりいけない話題じゃぞ? よもやガチャの価格や確率に疑問を持っていたのではあるまいな?」

「ど真ん中ストレートに思ってたわ!」

「いかんぞ! まずいぞ! それは言っちゃいけないお約束じゃぞ!」

「えー。でも、こんな題材の創作でこの問題は避けて通れな……」

「いいから! ウンエイ神殿における究極のアウトなんじゃから! 教会に行っていきなりその宗教の経典を燃やすような行為なんじゃぞ!」

「なんていかがわしい言論統制なのかしら!」

「これはお前らのために言ってるんじゃぞ。黒服にさらわれたくはないじゃろ?」


 黒服。この村最強の存在を持ち出されては流石の二人も黙るしかなかった。村長はそんな二人を見て、ふと天のガチャ画面を見上げる。


「しかし、実際ガチャシステムというのは謎が多いというのは事実じゃの。確率通りに抽選してるのかとかそういうのは究極のタブーとして、ワシにも殆どのことが教えられておらんのじゃよ、アレ。ブラックボックスが多すぎて、ブラックボックスしかないみたいなもんじゃからのう」

「それもうただのブラックボックスそのものじゃねーか! そんなわけ分かんねえモンが頭上にあったのか、今日まで!」

「絶対裏でちょろまかしてるわ!」

「あーもーやかましい! っていうか、ガチャの構造がどうなっているかなぞ貴様らには関係なかろう! 貴様ら引かんじゃろ!」

「まあな」

「それならもうこの話はおしまいじゃ! はい、ヤメヤメ!」


 セーフのような動きで村長は強引に打ち切った。


「ところで、村長が外に出ているなんて珍しいわね。最近入った子の教導で忙しかったのでは?」

「ああ、そうじゃ。じゃが、ちょーど今日終わっての。入居予定の家へ案内してる最中じゃ」

「え、最中? じゃあ今いるの?」

「うむ。紹介しておこうか。戦国ガチャからこないだ引かれた、明智光秀じゃ」


 と、村長が指さした先は、自分の傍ら「ではなかった」。

 遥か遠くの一軒家のポストの陰から覗いている、細身の武将――眼が片方紫色の髪で隠れている、頼りなさそうな少女に向けられていたのだった。


「遠い! 遠いぞアイツ! 何だこの距離感!」

「光秀は恥ずかしがりなのじゃ。おーい! 来い! 光秀!」


 呼ばれてようやく、光秀はおずおずとこっちに向かってきた。一度たりとも視線は合わせることなく俯いていて、何もしていなくても罪悪感が湧き上がって来るような所作である。

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