第28話

 後日。キャラクター人気投票の結果が開示された。

 1位・楊貴妃。2位・アザトース。3位・ジャンヌ・ダルク。4位・ガタノソア。5位・ゴリアテ。





 ボックス村1の破壊神。

 ボックス村1のサイコパス。

 ボックス村1の苦労人。

 ボックス村1のアホ。

 ボックス村1の丸型。

 この五人が同居する家は常に騒がしく、ボックス村の震源地とも言われていた。それほどの災厄と騒音をまき散らすこの家は周りに厄介扱いされ、同時に妙な方向で愛されても来た。

 だからこそ、ボックス村のキャラ達は今日のこの家に眉をひそめる。


「何も聞こえない……?」


 家の前を通りかかったクトゥルフ神話の住人――ダゴンが、ぽつりと呟いた。いつでも騒ぎを巻き起こすこの家が、水を打ったように静かなのである。

 周りを見ればこの静寂を訝しんでいる者達がそこかしこに集まっていて、この家の中の様子を伺おうとしている。しかし全ての窓が完全に締め切られ、中の様子を誰一人として伺えないようだ。

 何かあったのか?

 強硬突撃するべきか?

 耳に壁を押し当てている者はしかし、微かな話し声を聞いていた。


「何で……何で……何で私だけが……」

「たまもっち……元気出して……きょ、今日は、泊まっていきなさい……帰りたくないでしょ……」

「ゴリアテにすら……ゴリアテにすら負けるなんて……Rにすら負けるなんて……」

「昨日のアレは何だったのかしら……全てが、全てが、何だったのかしら。デュエルに負け総選挙も惨敗……ここまでの敗北があるかしら」

「オイ、おめーら! 何で昼間っからそんな酒飲んでんだよ! うちにあった酒殆ど飲んでるじゃねーか!」

「料理酒でもいいから持ってきてくれ……今はもう、私は何もかも忘れたいんだ」

「アル中!? 料理酒いったらヤバいぞ玉藻前!」

「いいんだ。もう何もかもイヤになった。あのカードバトルで勝ったんだから、ちょっとは期待してたのに。何で私だけハブられてんの? 何で私だけ抜けてんの? 何でガタノソアなんてチョイ役がランクインしてんの?」

「SR子。N子。今はそっとしておいて……私ももう駄目。なんか色々もう駄目だから……」


 中から聞こえてくるネガティブな声音。隙間から漏れ出てくる瘴気の如き負のオーラ。

 それらに寒気を感じているダゴン達の後ろから、スイーーーと奇妙なスライド音。


「あ、球じゃないですか。お疲れ様です」

「お、ダゴンちゃん、今日も青肌可愛いな。お疲れ」


 覚醒の宝玉(R以下)が爽やかな挨拶をした。


「お出かけでもしてたんですか? 珍しいですね。中は大変なことになってるみたいなのに」

「ああ、そうだろうな。俺も今日1日で何回割られるか分からないから、朝から村中を散歩して目の保養をしてたところさ」

「朝からって……お察ししてたんですか? 投票結果を」

「ん? ああ。投票結果か? その通り。あいつらはまあ、確かに誰よりも魅力的だけど、頂点に立てるほどメジャーな魅力じゃないからな。無論、俺にとっちゃ世界一可愛いけど」

「意外に冷静なんですね」

「あまり重要じゃあなかったからな。俺にとって。君は青い肌が魅力的だし、常に敬語。でも元ネタはおぞましいというギャップ萌えという素晴らしい魅力を持ってるじゃないか。それなのに君も高順位を取れなかった」

「まあ、それはそうでしょう。マニアックですからね青肌なんて」

「それでも、青肌好きにとって君は救世主。なくてはならない存在だ。順位は重要じゃないとは、そういうことさ」


 ダゴンは一瞬緩んだ唇を、きゅっと締めなおす。


「ナンバーワンよりオンリーワンと? 月並みではありますね」

「月並みで結構さ。月並みの言葉は月並みなりの重みがある。俺の考えがたまたま月並みな結論に至っただけだ。好きな人は好き。それでいいと思うよ。……ただ、まあ。あいつらの喜ぶ顔が見れないのは残念だったけど。残念ながらそれが現実だ」


 月並みには月並みの理由があるように、メジャーにはメジャーの理由がある。それに抗うことは出来ない。

 ダゴンはふんわりと察し、苦いため息をつく。


「そももそも昨日渡したカードだって、本当にあいつらが全員に勝てるとは思ってはいなかったさ。大体、あんなの、正直デッキの相性と腕次第でどうとでも変わる。それで魅力的かどうかが測れるかと言えば、無理だな。運にも左右される。それを本人の魅力とは言えまい」

「……? 何だか今回の貴方の行動は矛盾してますね。いつもならあの姉妹達に際限なく甘かったのに」

「甘やかすだけが愛じゃない。ただ、思い込みの強いSSR子のことさ。アレで本当に勝ち進んでれば、勝手に気分も高揚して不安なんて消し飛んで、とてもいい笑顔を見せてくれただろうさ。それはそれでよかった。あいつに一番似合わない属性は、「迷い」だからな。不安を抱えたまま、曖昧にしたまま撮影に臨んでも、オンリーワンにもナンバーワンにもなれやしない。そして、もしも負けても……」


 覚醒の宝玉(R以下)は、その胴体に映像を映す。


「こんな機能あったんですか!?」

「アップデートした! それより見ろ」


 胴体には、二枚の画像が映っていた。

 片方は、能天気そうな良い笑顔を見せているオーディン。そしてもう片方は――

 すっかり心から気落ちして滂沱の涙を流している、情けなくて弱弱しくて。しかし、飾らない。SSR子の素顔だった。


「アイツの最強の属性は、『表情豊か』だからな。ぎこちなさなんて似合わない」

「どんな形でも……ですか」

「ニッチ属性かな?」

「いいえ」


 ダゴンは家を振り向く。


「そうでもないと思います」


 騒がしくてバカバカしいボックス村の日常は、今日ばかりは少し静かになりそうだ。

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