常盤空の過去
「やつでさん……」
私を慰めるように、、氷華ちゃんが私の背中をさする。
その時だった。
「あのーすみません」
病室と廊下の間で、一人の女性が私達に恐る恐る話しかけてきた。痩せた顔と身体で、初対面の人にこう言うのは失礼だけど、なんというか幸の薄そうな人だった。
「はい、何でしょうか?」
氷華ちゃんが私の顔を背中で隠すように、女性に応対する。泣き顔を他人に見せないという、優しい氷華ちゃんの行動だ。
私は急いでゴシゴシと涙を拭う。
「あの、常盤空の病室はここですか?」
「はい、そうです。今はどこかに行っていますけど」
「そうですか。……あ、私、常盤空の母でございます。よろしければ、これどうぞ。さっき売店で買った物ですけど」
女性は半ば強引に、私達に五房のバナナを手渡してきた。
この人が空くんのお母さん。寡黙な空くんと違って、グイグイ来るタイプの人のようだ。
「もしかして、凩やつでさんと吹雪氷華さんですか?」
「ええ、わたくしが吹雪氷華です」
「凩やつでです」
私達はそれぞれ一礼して自己紹介する。
「やっぱり! あなた達がそうなんですね! あらあら、空が言った通りの方達だわ!」
空くんママの表情が、ぱぁっと花が開いたように明るくなる。
「あの、空くんが私達のことを話したんですか?」
「ええ、そうなんですよ! 一緒にゲームをするお兄さんやお姉さんができたって!」
私の質問にお母さんは力強く答える。ゲームとはきっと、エンダーとの戦いのことだ。
意外だった。空くんは私達のことなんて何の興味も無いと思っていたのに、お母さんには私達をのことを話していたらしい。
「凩さん吹雪さん、ありがとうございます。あの子と、空と友達になってくれて」
突然空くんママが頭を下げたので、私と氷華ちゃんはびっくりしてしまう。
慌てて私達は、顔を上げるようにママさんに言う。
「あの子、母親の私が言うのも変ですが、暗い性格をしていて、とっつきにくいでしょう? だからちゃんと友達ができるか心配で心配で」
「……空くんって、どうして小さいのに、なんというか……あんなに大人びいているんですか?」
空くんの誰も信頼していない態度が気になっていた私は、思い切って彼女に聞いてみた。
私が小さい頃は、自分も含め周りの子供は皆、喜怒哀楽が激しかった。
でも空くんは違った。常に哀の表情だ。
きっと何か理由があるはずだ。そう思った。
「……空には、父親がいないんです」
さっきまでの明るい声とは一変し、空くんママは悲しそうにそう言った。
「あの子の父親は、最初は真面目な人だったんです。真面目に働き、私達家族にも優しかった。でもある時事業に失敗し、会社は倒産。その時からあの人は変わってしまった。酒とギャンブルに溺れ、私達にも暴力を振るうようになりました」
私と氷華ちゃんは息を飲む。
「それでも私達は信じていました。荒れているのは今だけ。時が経てば、元の優しいあの人に戻ると……」
ママさんは少し間を置いて、口を開いた。
「ですが結局、あの人は私達を捨てました。残されたのは、ギャンブルで膨れ上がった莫大な借金だけ。……借金は親戚中に頭を下げて、何とか返済しました。でもその頃からでした、空が暗くなってしまったのは。信頼していた父親に裏切られたせいだと思います」
そんな過去が空くんにあったなんて……。
空くんの誰も信じないあの眼に、そんな悲しみが込められていたなんて。
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