クロちゃんの怒り

 泣きながらお礼を言う元気少女に逢原さんはハンカチを手渡した。

 もう泣くな、桜子。お前は笑っていた方がお前らしいぞ。


「クロやんも、ありがとう……」

「お礼なら、直接クロちゃんに言ってあげてよ。代わるから」 


 結局、最後の最後にクロちゃんに助けられた。クロちゃんがいなければ、僕は死んでいたし、もしかしたら桜子は元に戻らなかったかもしれない。 


 そして、当の本人はと言うと。


「(……)」 


 ご機嫌斜めだった。


「(ほら、クロちゃん。桜子がお礼言いたいって)」

「(……なんであんなことをした? 俺が包丁を止めなければ、最悪……いや確実に死んでいたぞ)」 


 クロちゃんの低い声に僕は少し怯える。多分母親に悪いテストが見つかった子供のような心情だ。


「(ご、ゴメン。あれしか方法が浮かばなかったんだ。クロちゃんにも痛い目を合わせようとしたことは謝――)」

「(そういうことじゃねえんだよ!)」 


 クロちゃんが怒鳴る。僕はびっくりして身体をビクっと震わせる。その様子を逢原さんと桜子が不思議そうな目で見てた。僕は指で自分の頭をチョンチョンと叩いて、「今、クロちゃんと会話中」というジェスチャーをする。


「(俺はどうなったっていいんだ、痛い目に遭おうが死のうが関係ねえ! どうせ幽霊みたいなもんだからな、いてもいなくても変わらない! でもな史郎、お前は違うだろ!)」 


 クロちゃんの怒鳴り声が脳内に響き、身体を強張らせる。


「(お前には逢原や桜子っていう、大切なダチがいるだろ! お前が死んだら、あいつらが悲しむ! そんなことも分からねえのか!)」 


 僕はもう一人の僕の言葉に、ハッとする。 

 確かにクロちゃんの言うとおりだ。さっきは桜子を助けることしか頭になかったから、その後のことは全く考えてなかった。 

 もう一人の逢原さんには、君が死んだら悲しむ、なんてかっこつけたこと言っておいて、自分はこれだ。情けない。


「(クロちゃん……ゴメン。もう二度とあんなことはしないよ、約束する)」

「(分かれば……いいんだよ)」 


 クロちゃんの怒りが徐々に静まっていく。


「(でもね、クロちゃん。一つ訂正させて)」 


 反論するわけじゃない。悪いのは僕だ、反論する資格なんてない。だけど一つだけ、クロちゃんの発言には改めてもらいたい箇所があった。


「(死んだら悲しいのは、クロちゃんも同じだよ。クロちゃんは僕の友達……ううん、家族だ。だから、いてもいなくても同じだなんて、そんな悲しいこと言わないでよ)」 


 クロちゃんがいなくなったらどうなるのだろう。そんなこと想像もつかないし、したくもない。きっと逢原さんに振られた以上に、両親が死んだ時と同じくらいの悲しみが僕を襲うだろう。


「(……わりぃ)」 


 クロちゃんは不器用に謝罪する。 

 万が一クロちゃんがいなくなっても、悲しむのは僕だけじゃない。絶対に桜子は泣き叫ぶだろうし、二人の逢原さんもショックを受けるに違いない。 

 それをクロちゃんに分かってほしかった。


「どうしたの、史郎っち。クロやん、何だって?」 


 僕が終始無言だったので、桜子が心配して見てくる。


「ああ、うん大丈夫。ちょっと……え、うん、分かった。桜子、クロちゃんが話があるんだって」

「クロやんが?」 


 僕はクロちゃんに交代する。


「クロやん、ありがとうね。助けてくれて」 


 桜子は交代したクロちゃんにお礼を言う。


「気にしなくていい。それよりも桜子、お前に聞きたいことがある」

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