左の黒腕
「うそ、なんで……」
ニセ桜子は驚愕していた。自分の攻撃は確実に、相手に当たったはずなのに。彼女はそう思っていた。
そして、僕自身も驚愕していた。僕は両手を広げ、相手の攻撃を受ける覚悟をしていた。
なのに、包丁は、すんでのところで、僕の胸の皮膚に一ミリほど刺さったところで、止まった。ちょっとだけ胸が痛い。
いや、正確に言えば、止められていた。
僕の左腕によって。
「(これ以上……俺のダチを傷つけさせるかよ!!)」
クロちゃんだ。何故だかは分からないが、メガネを外していないのにクロちゃんが左腕を動かして、包丁を止めたのだ。包丁はその片面を親指で、もう片面を残り四本の指で押さえつけられ、その動きを止められた。さながら時代劇の真剣白羽取りのように。
「なんで――イケ。どうして生きて――テイケ」
なにやら、ニセ桜子の様子がおかしい。ニセ桜子の口から、まるで壊れたテープが再生するかのように、二種類の声が発せられた。
「私の身体から出て行けぇ!!」
ニセ桜子は叫んだ。いや、偽者なんかじゃない。
この声を、この鼓膜が破けそうなくらいやかましくて、それでいて元気な声を知っている。
「し、史郎っち……」
「おかえり、桜子」
僕は涙を流す桜子を、優しく右腕で抱きしめた。
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