紅黒夫

 一時限の数学の授業。


 僕はクロちゃんの方を見る。彼は先生に見つからないように、教科書を立てて、寝ていた。授業中寝るのは夢の世界でも変わらない。


『それじゃあ、次の問題を――こら、黒夫! 授業中に寝るんじゃない!!』


 クロちゃんが寝ているのに気付いた数学教師が、クロちゃんの頭を教科書で軽く殴る。

 黒夫。どうやら、ここでのクロちゃんの本名は紅黒夫というらしい。


「ふぁい、すんませーん……」

『全く。兄の方は真面目に授業を受けているのに、お前ときたら……』

「へへへ、俺の頭脳は腹の中にいた時に、全部史郎に取られちまいまして」


 クロちゃんの発言に、クラスメイトがクスクスと笑いだす。

 先生は静粛にするように注意する。


 僕が真面目に授業を受けていると教師は思っているようだが、実際は違う。僕の心はここにあらずだった。

 先生の講義を聞き流しながら、僕は後悔していた。

 今朝の交差点のことだ。突然喚いて、逢原さん達をビックリさせてしまった。


 もう三回目になるけど、僕は今一度頬をつねる。やっぱりこれは夢だ。

 でも夢とはいえ、逢原さんにみっともないところを見せてしまった。ため息が出る。


 早く、この夢終わらないかな、僕はそう思った。






 二時間目と三時間目を飛ばして、四時間目の体育。


 男子は二チームに分かれて野球をしたのだけど、どっちのチームにクロちゃんが入るかで揉めに揉めた。結局、前半はAチームに、後半はBチームに入るという、異例のチーム分けとなった。


 そこまで揉めることか? 僕は疑問に思ったけど、その理由はすぐに分かった。


 現実世界ではクロちゃんは化け物みたいな身体能力だったけど、それはこの世界でも健在だった。


 打てば必ずホームラン。敬遠されても、盗塁で一塁から一気にホームベースまで帰ってくる。

 守備の時も凄かった。クロちゃんはファーストを守っていたのだけれども、レフト方向に飛んだ相手のホームランボールを、ダッシュアンドジャンプでキャッチしてしまった。


 こんなのありえないのに、クラスメイトは不思議に思っていなかった。

 それどころか、『クロはあんなに凄いのに、兄の史郎はどうして運動できないのか』と冷やかされた。あんなの、双子じゃなくても真似できるわけがないだろ。


 そんなことを思いながら僕はバットを振るが、見事に三振だった。

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