クロやん

「ふーん……ねえ、そのクロちゃんって人と話せるんだよね? ちょっとやってみせてよ」

「あ、ああ」


 桜子に言われ、僕はメガネを外してクロちゃんと替わる。もうこの吐き気にも慣れてきた。


「えーっと、クロさん?」


 桜子が恐る恐る、クロちゃんに話しかける。


「さん付けじゃなくていい。お前にとっては初めましてだろうが、俺は史郎の中からお前達のことを見ていたからな。だから呼び捨てでいいぞ」


 本当は一度クロちゃんは桜子と生身で会っているんだけど、サボりたくてクロちゃんに代わってもらったなんて、理由がかっこ悪いから黙ってもらった。


「そっか、じゃあこれからよろしくね、クロやん」

「クロやんって……」


 いきなり馴れ馴れしくなった。桜子、こいつの辞書には人見知りや遠慮と言う文字は存在しないのだろうな。


「まあ、いい。それにしてもこんな突拍子のない話、よく信じられるな」

「ふつうなら信じないだろうけど……あんなの見せられたら信じないわけにはいかないよ」


 まあ、確かに。落下中の人間を受け止めるなんて、通常ではありえない現象を見せられたんじゃ、信じるしかない。


「それに、史郎っちはつまらない嘘は言わないって分かってるしね」


 桜子がニコリと笑う。僕は脳内で照れる。ちょっと嬉しい。これが人望というものか。ちゃんと善行を積んでおいて良かった。


「それじゃあ、今度はお前の番だ、逢原詩織」


 少し怖い物言いで、クロちゃんは逢原さんに話しかける。クロちゃんの声に、少しほのぼのしていた空気が、一気に張り詰めた雰囲気になる。


「……」


 逢原さんはじっと、クロちゃんの方を見る。僕とクロちゃんのことは話した。次は逢原さんに話してもらわなくちゃならない。


 何故、飛び降り自殺なんて、馬鹿なことをしたのか。もしかして、逢原さんには何か悩みがあって、ノイローゼになっているのだろうか。もしそうなら、僕は彼女の力になりたい。


 いろいろな考えが僕の頭の中によぎる。


「何故あんなことをしたんだ? 俺がいなければ、確実に死んでいたぞ」


 クロちゃんが僕にメガネを外すように指示しなければ、きっと僕は何もできずに固まったままだっただろう。そして逢原さんはそのまま地面に衝突。スプラッタになっていたはずだ。そんな逢原さん、見たくない。


 「……飛び降りたのは、私の意思ではない」


  終始無言だった逢原さんから発せられた言葉は、意外なものなった。

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